昔虐めてきた性悪双子と一週間ひとつ屋根の下で生活する羽目になった。一日目。

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「っ、さ、宋都……っ!」  最悪だ。最悪以外の何者でもない、こんなの。  目の前に立つ大きな壁に身が竦む。  こんなタイミングで顔など合わせたくなかった。  咄嗟に引き返そうとすれば、「待てよ」と伸びてきた腕に身体を抱えられるのだ。  無遠慮に腰に回される筋肉質な腕に抱き寄せられ、先程までの燕斗の腕を思い出しては血の気が引いた。 「な、さ、触るな……ッ」 「なんだ、随分と早かったな。あいつのことだからもっと時間かかるかと思ったけど」 「へ……は? なに……」 「ま、いーや。その顔からしてどうせまた逃げてきたんだろ? あいつから」  近付く鼻先に咄嗟に後退ろうとするが、抱き寄せられた身体はろくに動かすこともできない。  宋都のその含み笑いからして、なにがあったのか大体察しているのだろうか。 「つか、あいつの服着てんの腹立つな」 「っ、ぁ……ちが、これは……水が溢れたから着替えを貸してもらっただけだ……っ!」 「ふーん、似合わねえな」  そんなこと分かってる。というかサイズが合わないのだから仕方ないだろ。  言い返してやりたかったが、益々自分が惨めになっていくだけな気がしてやめた。 「離してくれ」と宋都の胸を押し返せば、そのまま宋都は俺の手を掴むのだ。 「おい、元気だな。具合悪いんじゃねーのかよ、お前」 「……っもう、いい。平気だ。やっぱ俺……」 「今更帰るってか? やめとけやめとけ、どうせあいつが家まで押し掛けるぞ」 「……あいつって」 「ああ? 燕斗以外に誰がいるんだよ」  考えたくはないが安易に想像つく。  けれど、宋都の口振りには妙に引っ掛かった。 「お、お前は……いいのか?」 「あ? なにが?」 「俺が帰っても……」  言い掛けて、宋都がにたーっと嫌な笑みを浮かべる。  その気味悪い笑顔に背筋が震えた。  そして、宋都は俺を見下ろすのだ。 「なんだよその面、まるで俺に引き止めてほしいって口振りだなぁ?」  言われて、自分の言動を振り返っては顔が熱くなった。 「っ、ち、ちが……」 「違わねえだろ。はは! 燕斗に教えてやっかな、美甘はお前より俺のが良いって」 「や、やめろ! 絶対やめろって……っ!」  普段は穏やかだが、怒ったときの燕斗のおっかなさはこいつだって知ってるはずだ。  それなのに宋都は子供の頃と変わらない、悪ガキのような顔でくしゃくしゃに笑う。 「冗談だよ、冗談。俺だってあいつにぶっ殺されたくはねえからな」  冗談だと分かってても冗談に聞こえない。 「ま、お前が勝手に逃げ出せるとは思わねえけどな」なんて、宋都は楽しげに俺の肩を叩く。  そのまま強く肩を掴まれ、食い込む指に思わず声が漏れそうになった。 「……っ、おい……」 「燕斗と一緒が嫌なら俺の部屋来いよ」  来るか?とかそんな断りでもなんでもない、最早決定事項である。嫌だ、と首を横に振るよりも先に宋都はさっさと俺の腕を引っ張って歩き出すのだ。  強い力、本人はじゃれついてるつもりなのだろうがこいつの力は無駄に強い。それも本人は気にしていないから余計質が悪かった。 「さ、宋都……痛いっ、痛いってば……ッ!」 「ああ? こんくらいで痛いってお前雑魚すぎんだろ、ほら、こっち。それともお姫様抱っこのが良かったか?」  んなわけねえだろ。なんて口利けば、何されるかたまったものではない。何も答えない俺に宋都は小さく舌打ちをし、そのまま宋都に連れ込まれるのだった。  根本は同じでも、宋都と燕斗の性格は正反対だ。そしてそれは部屋の内装にも反映されている。  脱いだままの服のが脱ぎ散らかされたベッドに身体を放り投げられ、驚く暇もなく雑に布団を被せられた。女の香水の匂いがする。あと、ヤニも。  どちらも俺の嫌いな匂いなだけに具合が悪くなって顔を出せば、ベッドの横に立ちこちらを見下ろしていた宋都が笑った。 「寝ていいぞ。それとも子守唄がほしいか?」 「……っ、お前……部屋の換気くらいしろよ」 「精子臭かったか? いいだろ、お前好きじゃん」 「っ、……」  こいつは本当に下品なやつだ。  恥じらいもしない宋都の言葉に、何故かこちらが顔が熱くなる。おまけになにか布団の中に入ってるなと思って手に取ればそこには女物の下着が出てくる始末だ。  手にとってしまい、「うわっ!」と思わず投げ捨てれば、そんな俺を見て宋都は声を上げて笑った。 「っく、はは! うわって! ゴキブリじゃあるまいし」 「お、お前……部屋の掃除したのいつだよ」 「さあ? いつだっけな?」 「…………」  信じらんねえ。汚い。がさつにもほどがある。  なんでこんなやつがモテてるんだ。顔が良ければ世の中の女はそれでいいのか。そんなの不公平じゃないか。 「ったく、注文が多いな。換気すりゃいいのか?」  なんて呆れてると、宋都は渋々部屋の窓を開けるのだ。そして下着を拾い上げ「いつのだ?これ」なんて言いながらそのままゴミ箱に突っ込む。  部屋の中に新鮮な暖かな空気が流れ込み、先程よりも幾分気分がましになった――そんな気がした。 「ほら、さっさと寝ろ。寝とけ。あとがしんどいぞ」  脱ぎ散らかされた服も纏めて一箇所の床の上に集め、そのまま足で避けた宋都は布団の中で丸まっていた俺の身体をぽんぽんと叩くのだ。  なんか、宋都が優しい。  いやあまりにも優しさに飢えていたせいでそんな風に思っているだけかもしれない。それでも昔の宋都だったら俺の言葉なんて「うるせえ黙ってろ」って馬乗りになって泣かせてくるはずだ。  高校生になってようやく成長したのか?なんて、布団の中で戦々恐々としながらも俺は「わかったよ」とだけ答え、そのまま目を瞑る。  すぐに寝ろと言われて寝れるわけがない。他人の家、それもあの双子の家だぞ。そんなことを考えている内に、薬の副作用もあってかあっという間に睡魔に襲われるのだ。  沈んでいく意識の中、遠くで扉が開く音が聞こえた。  そんな気がした。
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