prologue

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 翌日。  聞いていた通り、両親は朝早くから旅行へ向かった。それを見送り、さあ二度寝でもするかと思った矢先、インターホンが鳴り響く。  こんな朝から誰だと思いながら部屋へ戻ろうとするが、再び部屋の中にインターホンが響いた。  渋々インターホンを確認すればそこに映し出された顔を見て血の気が引いた。レンズ越し、こちらに手を振るのは瓜二つの顔をした男二人。  ――宋都と燕斗だ。  嘘だろ、なんであいつらがここに。逃げなければ、と固まってる間に玄関の扉が開く音が聞こえてくる。 「な……ッ!」  やばい、と隠れようとするが遅かった。  デカい足音とともにバタバタと近付いてくる気配に身が竦む。リビングのソファーの陰に隠れようとしたとき、扉が勢いよく開いた。 「あ、本当だ。ここにいた」 「だから言っただろ。美甘はインターホン確認するけど絶対出ないって」 「ちゃんと出ろよ、美甘」 「……っ、宋都……燕斗……ッ! な、どうやってここに……ッ!」 「どうやってって……さっきそこでオバサンたちと会ったんだよ。『もしかしたら逃げるかもしれないからちゃんと連れて行ってやってくれ』って、鍵もくれたし」  ほら、と燕斗は俺の眼前に鍵をぶら下げる。  間違いない。というか、何を考えてるんだうちの母親は。なんでよりによってこいつらに。  混乱と戸惑い、そして焦りで固まってると「みーかも」と宋都に肩を抱き寄せられる。 「つかさ、久し振りじゃね。少しは背ぇ伸びたか? 縮んだ?」 「ち、縮んでない……っ、ていうか、俺は別に一人でも大丈夫だし。うちの親が勝手に言ってるだけで、オバサンには断っておいて……」 「いやいやいや、そりゃないだろ」 「そうだよ、美甘。俺たち、美甘が泊まりに来るって聞いてずっと楽しみにしてたのに」  俺はそうじゃない。一緒にするな。そう言い返すことができればいいのに、燕斗に手を握られると背筋が凍りつくのだ。向けられた視線はじっとりと絡みつくようで、その目で見詰められるとぞわぞわと無数の虫が這い上がっていくような嫌な感覚に襲われるのだ。  最後に話したのは大分前なのに、なに一つ変わらない。いや、昔よりも図体だけでかくなった連中に挟まれ、両腕を掴まれる。  腕に食い込む指の感触に、記憶の奥底へと押し込めていたものがぶわりと蘇る。咄嗟に「ま、待って」と叫べば、右脇を掴んでいた宋都は笑った。 「待たねえよ。腹減ってんだよ、俺」 「っ、さ……宋都……」  睫毛が当たりそうなほどの至近距離、顔を寄せてくる宋都に凍り付く。そのまま鼻先を噛まれるのではないか、そんな恐怖で思わずぎゅっと目を瞑ったとき。 「朝飯、美甘もまだだろ? うちのババアが張り切って作ってたから、さっさと帰ろうぜ」  そう笑う宋都に、俺は思わず目を開けた。  てっきりなにかの暗喩かと思っていただけに戸惑う。 「美甘の好物ばかり準備して、俺達の好物全部無視してるんだよあの人」 「好物……」 「うん、だから俺たちと一緒に帰ろう?」  笑う燕斗にそっと頭を撫でられる。  てっきり、いきなり服剥ぎ取られて全裸で踊らされるのではないかと怯えていたが、以前の、関係がおかしくなる前のように振る舞ってくる燕斗と宋都に俺は狼狽えた。  本当になにもなかったように優しくしてくれるのだ。もしかしたら反省して俺への対応を改めてくれているのだろうか。分からなかったが、ずっと元のような関係に戻りたい。そう思っていた俺にとってそれは嬉しいことだった。  だから、俺はうっかり「わかった」と差し出された燕斗の手を取ってしまったのだ。  そのとき宋都と燕斗が笑ったことなど知らず、「俺もお腹減ってたんだ」なんてアホみたいな顔をして。  それから念の為家の戸締まりをし、燕斗に言われるがまま必要なものの準備だけして俺は双子に挟まれて家を出る。荷物は燕斗が持ってくれてるし、なんというか至れり尽くせりというやつだ。  俺んちと慈光家はそう遠くない距離にある。しばらくもしないうちに現れた無駄に広い庭付きの大きな家を前に、頭の奥がずきずきと痛んだ。  先を歩いていく宋都がこちらを振り返り、「どうした?」と声をかけてきた。 「い、いや……大丈夫」 「また頭痛かよ。薬は?」 「の、んだ……」 「じゃあ早く部屋で休んだ方がいいかもね」  行こうか、と背後に立っていた燕斗に背筋を撫でられた瞬間、言葉にし難い感覚が広がった。じんわりと熱を孕んだ痺れるような間隔は不快感にもよく似ていた。  この家には、一時期毎日のように来ていた。中の内装の場所も鮮明に覚えてるくらいだ。その子供部屋には、いい思い出がない。  でも、俺達も高校生になったのだ。まだ常識もなにも知らなかった子供の頃とは違う。  あんな過ち、起きるはずがない。それに、二人だってもう彼女の一人や二人は出来てるだろう。わざわざおかしなことをするはずはない。  そう自分に言い聞かせ、呼吸を整える。そして、俺は心配そうに見てくる燕斗に「もう大丈夫だ」とだけ答えて足を進めた。
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