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霧島と参謀
村沢 崇臣。
二十代最後の年、彼は霧島 誉と出会った。
崇臣は裏の世界では、その名を知らない者は居ないほどのハッカーだ。
一見優男風の、その穏やかな風貌からはかけ離れた冷徹な男だった。
机に齧り付いてパソコンと向き合っているような、
貧弱な男だと高を括って彼と対峙すれば、見るも無惨に叩きのめされる。
力でねじ伏せるようなタイプなら、いくらも上が居ただろうが、崇臣はそれとは違った。
合気道の有段者で、相手の間合いに入れば腕を取るだけであっという間に組み伏せてしまう。
その冷徹さは容赦が無く、なんの躊躇いもなく相手の腕を折り膝を砕く。
それなりの礼儀を持って彼に対峙し金を積んだ者だけがその恩恵を受ける事が出来たのだ。
霧島が崇臣の前に現れたのは、凍てつく様な冬の夜だった。
チェスターコートの襟を合わせ、ブーツの足先が痺れる様な寒さにげんなりしながら入った料亭。
霧島は先に腰を下ろして、煙草をふかしていた。
その姿を見た時、崇臣はこの男とは長い付き合いになる、ただ漠然とそんな予感がした。
どこぞの組の幹部だという男が護衛も付けずそこに居た。
多少の噂は耳にしているだろう崇臣を前にしても、その目は敬いも媚びもしなかった。
「いくら積めば、アンタは動く?」
「そうですね…後払いでかまいませんよ。貴方が僕の動きに見合った対価をつければいい」
いつもなら、前金を積んでもらう。
けれど、その時は不思議とそう答えていた。
結果、崇臣は霧島が欲しがっていた情報を容易く手に入れてみせた。
ものの数十分で。
さらに興が乗った崇臣は、車の後部座席に座ったままで霧島を相手のアジトの最奥の部屋まで導いた。
セキュリティを破り、誘導し、相手の逃げ道を塞いだ。
数分後、車に寄りかかり缶コーヒーを片手に待っていた崇臣の元に、薬莢と微かな血の匂いをさせて霧島が戻ってきた。
まるで散歩でもしている様なゆったりとした足取りで。
「いくら欲しい…?」
託した対価を、霧島はもう一度崇臣に訊ねた。
それは、崇臣の働きに対する賛辞に聞こえた。
「今回の報酬は結構ですよ」
崇臣は薄く微笑んだ。
霧島の片眉が上がった。
「そのかわり、僕を雇ってもらえませんか?
そろそろどこかに落ち着きたいと思っていたんですよ」
霧島は煙草を取り出すと、火をつけた。
仕事の後の一服という所だろうか。
崇臣と並び車に寄りかかり、ゆっくりとそれを吸い込む。
「噂じゃあんた、引く手あまただろう?…うちは血なまぐさい所だ…あんたの頭の出番は少ないぞ…」
霧島がそう返した時、地下駐車場のエレベーターから男が出てきた。
頭から血を流し、血走った目でこちらを睨むその手には、サバイバルナイフが握られていた。
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