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「では、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい、気をつけて」
いつもの朝。
崇臣は優香の頬にキスを一つ残して出かける。
優香は軽く部屋を片付け終わると、いつもの通りに部屋を出て、隣の部屋のインターフォンを鳴らす。
この1ヶ月ほどはほぼ毎日、そうしてゆこの部屋を訪れていた。
崇臣から説明を受けたあと、優香はもらっていた仕事を片付けるとデータ入力の仕事をストップした。
日中の買い物の時間をゆこと合わせる為だ。
お隣同士になった事で、暇があればゆこと時間を共にする優香を、特に不審に思う事もなく受け入れてくれた。
『…もともと、広い部屋にとは考えていたんです…それに、護るべき場所は一箇所の方がいい…』
崇臣がそう言った。
確かに、と思った。
最上階のフロアまで侵入を許せば、たいして違いは無いかもしれないが、それでも優香はゆこと同じ空間にいる方が安全な気がしていた。
「優香さん…村沢さんは何か言ってない?」
それまで何も言わなかったゆこがその日、手元のシュシュにゴムを通しながら聞いた。
「ん?…何かって?」
向かいで紅茶のカップに口をつけていた優香は、一瞬ドキッとした。
それは何に対する問いかけなのか…ゆこは何か気付いて知らないフリをしているのか…
素知らぬ顔で聞き返しながらゆこの表情を見つめた。
「うーん、なんかね、誉さん…無口なの」
「えー?霧島さんって元々無口でしょ?」
わざと軽く返した優香に、ゆこはくすくすと笑った。
「うん、元々あんまり話さない人なんだよ?…でも、何か違うの」
手元を見つめていたゆこの視線が上がった。
「違うって、どんな風に?」
真剣にゆこに聞かれたら、答えるしかない。
元々、隠さなければいけないわけでは無いのだ。
知らないなら、それに越したことはないだけで。
それに、ゆこに秘密を作る事も本当は辛い。
逆に自分がゆこの立場なら、後でとても悲しくなるだろう。
何も知らずに護られていただけなんて。
霧島は、ゆこに知らせない事を選んだ。
崇臣がそうしたかった様に、彼女に気付かせる事無く終わらせたいと思っているのだろう。
「…何でもない顔しながら、いつも何か考えてるみたい」
どこか悲しげにゆこは微笑んだ。
「…少し前にね、私に変な電話があったの」
知らない情報だった。
既にゆこの事は知られていると崇臣が言っていた。
それがきっかけなのだろうか。
「私、誉さんには言わなかった…でも、多分気づいてると思う」
ゆこは何か考えるように少し黙った。
「一日だけだったの、何度か非通知の電話があって」
「…うん、それで?」
紅茶のカップに口をつけた後、優香のカップに追加の紅茶を注ぎながらゆこは続けた。
「何日かして履歴を見たら、最後の1回だけ通話してたの」
「…」
崇臣に調べさせるために、より多い位置情報を残す為だったのか、何にせよゆこに知られる可能性を考えなかったわけではないだろう。
驚いたのは、自分達とゆこ達との違いだった。
自分なら間違いなくその日のうちに崇臣に確認している。
全て包み隠さずに話し合うのが正解とは言わないけれど…
「それって、霧島さんが出たって事?」
「うん、夜遅くだったからそうだと思う」
「私なら聞いちゃうけどな、誰だったか」
うんと頷いて、ゆこはふっと笑った。
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