そのなな:一日の始まりは身嗜みから

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そのなな:一日の始まりは身嗜みから

 あぁああ!!もう!!と言いながらいきなり室内に入ってきたスティレン。朝から元気過ぎる彼に、ラスは「どうしたの?」と問い掛ける。  鼻息を荒くしながら、「全っ然髪が決まらないんだよ!」と怒りながら返事をした。いつもと何ら変化が無いのだが、何が違うのだろうか。  リシェの髪のセット中だったラスは何も答えずにいると、それまで無言を貫いていたリシェは「いつもと同じじゃないか」と爆弾を放り投げるような発言を放つ。 「お前に何が分かるっていうのさ!」 「うるさ…」  案の定、スティレンはキレ散らかし始めた。彼のように美意識の高い性格だと、早朝からの身だしなみに納得いかないとなればその日一日が最悪な日だと決定してしまうらしい。それ程までに自分の姿見が大事なのだ。  いつもと変わらないと言われる事は、スティレンにとって地雷の発言のようだ。そしてそれを余裕でぐしゃっと踏み抜いてしまうリシェ。 「てか、ラスに世話させてんの?何歳で身支度やって貰ってるのさ、だっさ。そんな奴にあれこれ言われる筋合いなんて無いんだけど」 「…俺が頼んでる訳じゃない。こいつが勝手にやってるんだ…」  リシェに構っているのが幸せなのか、ラスはにこにこしながら髪のセットをしている。とにかく彼は大好きな相手に構うのが好きなようだ。  スティレンは舌打ちした。 「こいつを甘やかすと何もしなくなるよ」 「そしたら俺が世話をするから…」  むしろそれでもいいと思っている様子。駄目だこいつ、と溜息を吐く。こちらは朝からセットが上手くいかなくてイライラしているというのに、と。 「先輩の髪は物凄くサラサラしてるんだ。綺麗にセットしてあげないと勿体無いし…」 「こいつの髪なんか放置してても直毛なんだから別にいらないでしょ!何なのさ、俺に対する当てつけなの?」  気に入らない箇所に指を巻き付け、どうしようもない事を言い出す。 「いや、意外に癖っ毛があるんだよ…先輩も気になる時があった時は朝から気分悪そうにしてるし」  どちらかと言えば無頓着なリシェが?とスティレンは疑問を抱く。  ラスは優しく髪を梳きながら「そうそう」と笑った。 「たまに髪がぴょんと飛んでる時があるんだ。気にしない時もあるけど気になって仕方無い状態だともう…頭をガリガリしながら怒り出すしさ…だから俺がどうにかマシにしてあげてるんだよ」  髪のセットするのは好きだからね、とラスは微笑む。  ラスの髪型が色々と違ってくるのはセットが好きだからという訳か、と納得するも、何もリシェまでやらなくてもいいじゃないかと思ってしまった。 「はぁ、先輩。今日も抱き締めたくなる位です」  セットしながら愛情たっぷりの発言を放つラス。全くブレない様子。 「あんたのその発言、本当に危ないからやめた方がいいよ…」  聞かされているこちらは慣れてしまったので何とも思わないが、全く知らない人間が聞けば危なっかしさが半端無い。本人は全く気にしないだろうが、どう考えても危険人物の発言だ。  髪のセットが一段落したのを見たスティレンは、ラスに「ねえ」と声をかける。 「ん?」 「俺の髪もどうにかしてよ」  セットするの好きなんでしょ、と続ける。  ラスはスティレンのウェーブがかった髪をじっと見た後、「別にいいんだけど…」と前置きした。 「何さ?」 「俺の趣味とさ、スティレンの趣味って全然違うと思うんだよ」 「そりゃ…俺は優雅で上品でハイセンスなのが好きだけど」  何故か得意気にふふんと鼻を鳴らす。そんな彼に、ラスは若干不安げに言った。 「俺が何かしらやる事によって、スティレンの好みに合うかどうか分からないし…」  そこで二人の会話を聞いていたリシェは、ふああ…とあくびを交えながら、背後のラスを止めた。 「やめた方がいいぞ」 「何さ、リシェ。何か文句でもあるの?」  ここでまた邪魔の手を入れるのかとムッとするスティレン。 「だってそうだろ…手を入れるたびにこれじゃないって言い出しかねないし。お前に手をかけてると時間ばっかりかかるから遅刻確定だ」 「そりゃ…俺の美しさを引き立てて貰わないと困るし!遠くから見ても俺だって分かるようにして貰えないとセットの意味が無いでしょ!それに…」  スティレンのくど過ぎる言い分を延々聞きながら、リシェはラスを見上げて「な?」と一言。いかにこの従兄弟が面倒臭いタイプなのかを熟知しているからこそ言えるのだった。 「身嗜みをちゃんとしてからこそ一日が始まるんだよ。俺は朝早くから起きて綺麗に身嗜みして、しっかり格好も整えてから…人の話聞いてるの、リシェ!?」 「朝から良く口が回るなお前」  確かに大変そうだ…と苦笑しながら、ラスも「そうですね…」と頷いていた。
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