そのじゅういち:バレンタイン事後

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そのじゅういち:バレンタイン事後

 何かを忘れている気がする…。  ラスは心の中で何か引っ掛かった物の正体を知りたくて延々とモヤモヤし続けていた。朝からずっと、その何かが気がかりで仕方がなかった。  寮から出て校舎へ向かう時にもひたすら考え込んでいて、同行しているリシェから不思議そうに「忘れ物か?」と問われた位に悩んでいる。  あまりにも考え込んでいる為に、つるんでいるキリル達にも「何をそんなに悩んでるんだよ?」と眉を寄せられる位だった。 「この所、ずっと何かが欠けてる気がするんだよねえ」 「何かって…」  それが思い出せないんだよと苦笑する。  どこかに何かを忘れてきたのだろうか。しかし学校や寮からは特別外出もしていないし、外部で誰かと会った訳でもない。何かを送り忘れた訳でもなく、荷物を送られる予定も無かった。  ううん、とひたすら考えるが思いつかなかった。 「そこまで答えが出てこないなら別に何も無いんじゃないの?」 「ううん…何も無いならいいんだけど、どうにも引っ掛かるんだよなぁ」  休み時間の度に悩むラスに、携帯電話のチャットツールで誰かと会話中のノーチェは「思い出せない位ならどうでもいい事なんじゃないの?」と問う。  なかなか思い出せずにいた結果、案外ふっとした瞬間に思い出せる時がある。だが意外とどうでもいいような内容だったりもする。何故そこまで真剣に悩んでいたのかと馬鹿馬鹿しくなってくる位、呆気なく悩みも解消するものだった。  時間が解決するかもよ、というアドバイスを受けると、ラスはそうかなぁと腕を組み唸った。 「そうかぁ。そんなものかな…」  彼の言うように、ふとした瞬間に思い出せるかもしれない。 「てか、ノーチェ。さっきから誰と会話してるんだよ?」  会話に参加しなからずっとチャットをしている彼に対し、ベルンハルドは疑問を呈した。会話するならどちらかに集中して欲しいタイプのようだ。  彼は仲間内でのチャットツールですら既読して放置する性質で、せめて返事をしろと苦言を呈されると直接電話をする。そもそもベルンハルドは現実では文字を打つ習慣が無い。恐らく、ネットゲーム内における姫キャラを極めてしまった反動なのだろう。  ゲーム以外で文字を打つのがめんどい、とまで言う位なのだから。 「最近ゲームで仲がいい子とチャットしてるんだ。お互いのリアルは突っ込まない前提でさ…」  その言葉を聞き、ラスは思わずキリルと目を合わせる。  まさか、とは思ったが。 「の、ノーチェ…その相手って…? 「うん?ああ、いつもの子だよ。りしぇ」  ラスはにこにこしながら、背中が冷え冷えになる感覚を覚える。  ついにそこまできたか、と。 「へぇ…随分仲良くなったじゃん」 「うん。向こうの方が一つ年下だけどね。結構話が合うんだぁ」  そっかぁ…とラスは複雑な気持ちで会話を聞いていた。そこまで仲が良いのに、ゲーム内の名前で何となく察しないのだろうか。リシェはそのまま自分の名前を使っているというのに。  お互いリアルは干渉しないと言っていたので、このまま放置してもいいのだろう。 「あぁ、やっぱり思い出せないや。諦めよう」 「まだ考えてたのか…結構どうでもいい内容なんだろ?そのうち思い出すって」  彼らに諭され、ラスもそうだよなぁ…と気にしない事にした。  そうはいうものの。  やはりここまで引っ掛かっていたものを簡単に忘れる訳でもなかった。ふとした瞬間に思い出し、また気になりだしてしまう。  なんだったかなぁ…と悩み続けて放課後になる。  いつものようにリシェを迎えに行ったが、既に帰ってしまったと告げられそのまま寮へと戻った。彼が自分を待たずに帰るのも決して珍しくは無い。  その際は大人しくラスは単独で帰っていた。  寮に戻り、部屋の扉を開ける。 「ただいま…」  結局思い出せなかったなぁ…と残念に思いながら室内に入ると、リシェが口元をもぐもぐさせながら「おかえり」とだけ答えた。  ラスは顔を上げ、リシェに目線を送る。 「………」  彼は何やら口に入れ、無言でもっしゃもしゃと頰を動かしていた。 「先輩、何を食べているんです?」 「んん?」  彼は手元の小さな包み紙を拾い、ゴミ箱へ捨てる。 「チョコ。貰ったんだ、スティレンから。あいつ、人様から貰っておいて自分は太るからそんなにいらないって言うし」  チョコ…あぁ、チョコね。あれか、バレンタインのあれか…。  そう思った瞬間、ラスはハッと思い出した。 「あぁああああああああああ!!そうだ、それだ!!」  いきなり声を上げられ、リシェはびくりと身をびくつかせた。 「うるさい!!何だいきなり!!」 「そうだ、これだ!!先輩から貰ってない!!」 「は!?」  ようやく思い出し、ラスは起こり出すリシェに詰め寄る。 「先輩、チョコ下さい!!貰ってない!!」  同性に対してチョコをくれというのもどうかと思うが、ラスはまるで覚醒したようにそれをねだり始めた。勿論リシェはチョコなど用意している訳でもなかった。  突然叫びだして何かと思えば、とリシェは近付いてくるラスから離れようと後退する。 「何で俺がお前にやらなきゃいけないんだ!!」 「だってバレンタインでしたよ!?」 「知るかそんなもの!!」  何故自分が贈らなければならないのか、と苛々しながらリシェは近付いてくるラスを蹴飛ばした。だがラスは退かない。  折角思い出したのでその願いをどうしても遂行したいという気持ちが先走ってしまう。 「じゃあ…じゃあ、先輩ごと食べてやるうう!!」  ヤケクソな言い方があまりにも気色悪い。 「近寄ってくるな気持ち悪い!!黙ってろ!!」  誰がお前なんかにチョコなどやるか!!と吐き捨てる。  悔し紛れに引っ付こうとする相手に、リシェは貰った細かいチョコを勢い良く投げつけていた。
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