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そのじゅうよん:見捨てられるラス
死ぬかと思った、とリシェはげっそりする。
「ははは…ま、まあ…運が悪かったのかな…」
完全回復までとはいかないが、落ち着くまでに数日要した。元々細いのが更にやつれている。
相当キツかったようだ。
「あまり無理しないで下さいね、先輩」
非常事態にやむを得ず保健医のロシュを呼んで手当して貰ったが、薬を発注している状態で市販の薬で賄うしかなかった。効き目があったのは良かったが、ロシュはリシェに口移ししますのでと馬鹿な事を言いだしたのである。
やめろ!そんな事をしたら容赦無くぶん殴るぞ!とラスが止めたので未遂に終わったが。
そもそも何故口移しなのか。流し込む道具など普通にあるだろうに。むしろ自分がやっても構わないのだ。
ラスは過去を反芻し、ぐぎぎと歯軋りをした。元の世界では静止する事自体許されないだろうが、こちらはお互い自由だ。ロシュも前の世界の記憶があるだけにリシェを思うように出来ないというジレンマもあるだろう。
彼に対してぶん殴るという発言もこの世界では普通に言える。
「あの女、俺を毒殺しようとしているのではないか」
ギリギリとこちらも歯軋りをする。常に行動を共にしている為か似たような動きをしがちだ。
「チョコを食っただけでなんで数日も苦しまなければならないのだ」
リシェは元々色白だが、寝込んでいた為に余計白さが際立っていた。
「そんな事は思っていないとは思うんですけどねぇ…何か制作の過程で間違ってしまったとか、何かが混入してしまったとか…」
リシェに対して好意的なのに、毒を盛るとは考えにくいと思う。
何しろ彼女のリシェに対する反応は、自分と似ているのだ。敵意があるとは到底感じられない。
「せめて気持ちだけは受け取っておきましょう」
もし感想とか聞かれたら無難に美味しかったと言えばいいですよと宥める。だがそれでいいのだろうかと内心思いながら。
「しばらくあの女には会いたくない」
何をされるか知れたもんじゃないと吐き捨てた。
校舎内に入り、上履きを変えていると不意に声がかかる。
「リシェ!具合は良くなりましたか?大丈夫ですか?」
心配そうに保健医のロシュが近付いてきた。出来る限り関わりたくない人間の登場に、リシェは数歩引きながら「はい」とだけ返事をする。
リシェの返事に、ロシュはほうっと安堵の吐息を漏らした。
「ああ、良かった…ずっと案じていましたよ。まだ顔色が良くないようですが無理は禁物ですからね」
「有難うございます」
面倒を見てくれた事に関しては感謝しなければならない。リシェはロシュに頭を下げると、彼は慈しむような目線でこちらを見ていた。
妙に気持ち悪い人だ、とリシェは思う。
記憶のあるロシュからの好意を込めた目線などに、彼は知るはずもなかった。
靴を履き替え終えたラスがいつものようにリシェの元へ足を進めると、ロシュの姿に「うわっ」と思わず顔を歪めた。まさか彼はリシェの姿をここ数日見つけるために待機していたのだろうか。
ロシュもロシュで、ラスの姿を見つけるなり変に勝ち誇った表情を見せる。
これが本来の彼の性格なのだろう。
「おや、ラス君」
「おはようございます。何か用ですか?」
「いえいえ、リシェの心配をしていただけですよ。具合を診ていた保健医としては当然でしょう」
「先輩の調子を見れば分かるでしょ…」
まだ本調子じゃないって事位、と嫌味を込めて続ける。
「分かってますよ。個人的にもとても心配していたのですからねぇ…ほら、私とこの子は切っても切れない仲ですから」
言い合う二人を、リシェはやる気の無さそうな無表情で交互に見る。
ラスはムッとしながら「それは元の世界での話ですよねぇ?」と顔を引き攣らせて言い返していた。
「向こうの事情をこっちに持ち込まないで欲しいもんですよ。先輩はあんたの事なんて全く覚えてないんですから」
「おやおや…言いますねぇ。記憶が無いなら新しくインプットしてあげればいいだけの話です。あなたがリシェにやっているようにね。そのうち何かしら思い出してくれるかもしれないじゃないですか」
よく分からない不毛な会話をしている…とリシェは思う。
朝から元気だな、と思いながら彼はさっさとその場を後にした。
「思い出してもこっちには先輩と一緒だっていう実績がありますからね。あんたが横入りしようとしても無駄だと思いますけど?」
「あなたがそんなに饒舌だとは思いもしませんでしたよ。一般剣士のあなたが私に対してここまで張り合ってくるなんてねぇ…第一あなたは目上の人間への言葉遣いももう少し考えた方がいいと思いますよ?」
「はぁ?こっちの世界は剣を扱う人間なんて居ないですし?そんな役職もありませんよ。それに言葉遣いは相手を見てちゃんとやりますし。自分が尊敬出来る人間にはね」
お互い見合いながらギリギリと火花を散らす。
それを遠目に見ながら、行き交う生徒達は何をしているのかと眉を寄せていた。
「先輩だって俺にしっかりくっついてくれているし、一緒に居る時間がものを言うんですよ。ねっ、せんぱ…」
同意を求めようとラスはリシェの居た方向に目を向けた。
しかし彼は既にその場には居ない。
「あれっ!?」
まさかもう教室に行ってしまったのか、とラスは周囲を見回す。
リシェが居ないのが分かり、ロシュは思わず意地悪くふっと笑った。
「一緒に居る時間がものを言うという割には即見捨てられてるじゃないですか…ふふっ」
小馬鹿にしてくる保健医に、ラスは顔を真っ赤にしながら「うるっさい!!」と怒鳴っていた。
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