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そのにじゅういち:食事
「どうだ、オーギュスティン。美味いか?」
「は…はぁ…とても私好みの味です」
「良かった。あまり濃いのは好きでないだろうからな。調整するのに苦労した甲斐があった」
…この人は何故自分にここまでしてくれるのか。
昼の休憩時間に入った瞬間にいきなり呼び出しを受け、半ば強引に連れて行かれた中庭内。
オーギュスティンは用務係のファブロスによって彼が準備したお弁当を食べさせられていた。
しかも時間をかけて作りましたと言わんばかりの重箱の弁当。
中身がとても手が込んでいて、すごく美味しそうだったので思わず言われるままご馳走になっている状況だ。
「それにしても、どうして私に?」
自分は彼に対して何もしていない。なのに何故か度々食事の世話を焼いてくる。親切過ぎるのも程があるだろう。
一緒にその重箱の弁当を摘みながら、ファブロスはふっと目を細めながら笑みを溢した。
「お前の食事風景に見兼ねてな。…見かける度に簡単に済ませているから、栄養もろくに摂れてなさそうだと思ったのだ」
…見られていたのか。
指摘され、思わずオーギュスティンはいたたまれなくなってしまった。そこまで食にこだわりが無く、すぐ食べ終える事が出来るので棒状の栄養補助食品ばかりを選んで食べていたのだ。しかも仕事の作業をしながら。
自分の食事風景を思い出し、思わず「そうですか…」としょげる。
「何だか恥ずかしいですね。効率良く作業しながら食事していたので…あまり良くないのは分かっているんですけど」
「だろうとは思っていた。休む間もなく仕事ばかりしていると、ただ疲ればかりが蓄積されてしまうぞ。たまには息抜きも必要だ」
甘味のある卵焼きを口に含むと、ふんわりと柔らかい。
凄く好きなタイプの卵焼きだと内心感動する。
「そんなに気にかけて下さるなんて。私はあなたに何もしてないのに」
「こちらがやりたかっただけだ。気にする必要は無い」
そうは言っても。
オーギュスティンは目の前に用意された豪華な重箱弁当を見回す。まるで運動会の特別なお昼ご飯のような色とりどりの中身に、思わず動揺を隠し切れなかった。
二人分だと思えばまぁ、これだけあれば十分なのだろうが。
「一体どれだけ早起きして用意してくれたんですか…?」
しかも自分に食べさせる為に。物凄く気を使わせてしまっているのではないだろうかと申し訳無い気持ちになっていた。
「前の日に少しずつ作っていた。お前はそこまで気にする必要は無いぞ。たまにはこういう昼ご飯もいいだろう」
何処か得意げにファブロスは答えた。恐縮しているオーギュスティンとは大きな差がある。
「はあ…とても嬉しいのですが、やっぱり申し訳無くて」
やはり日頃の食生活を見直した方がいいのだろう。
第三者にまで心配されてしまうとは情けない。
「これから自分でも配慮しようと思います。あなたに気を使わせてしまうなんて流石にどうかと思いますから…」
いいから食べるといい、とファブロスが促していると校舎側から騒がしい声が聞こえてきた。
「なぁああああ!?」
いきなり飛んできた声と同時にこちらに向かって凄まじい足音が近付いてきた。オーギュスティンとファブロスはほぼ同時にその方向に顔を向けた。
大柄な男がズカズカとやって来る。
「何でここで弁当食って…って、やたら豪華な重箱弁当じゃん!!」
強烈な食いしん坊が来た。
呆気に取られているオーギュスティンの横で、ファブロスは「何しに来た!!」と警戒する。
「あんたが昼休憩始まった瞬間にいきなりオーギュスティン先生を拉致していくから何かって思うだろが!何だよ、弁当作ってやった訳!?」
「お前には関係無いだろう!」
ファブロスは近付いてきたヴェスカに警戒しながら言い返す。オーギュスティンに対してやたらとちょっかいを出す為か、ファブロスは彼を敵視していた。
ヴェスカも同様、妙なアプローチをする彼を警戒している。
「しかもめっちゃ美味そうじゃんか…」
豪勢な料理を見回す。そしておもむろに腰を下ろした。
「何だお前は!!」
この流れは確実に中身を食われると察し、ファブロスは声を荒げる。
「これだけ沢山あるなら別にいくつか食っても良くね?」
「お前に作ったつもりはない!!…というか食うな!!」
中身を遠慮無く摘んで口にするヴェスカ。あ、美味いじゃん!と悪びれもせず感想と述べる。
「んな冷たい事言うなよぉ。そもそもオーギュスティン先生、かなり少食なんだぞ?これだけあったら確実に余ると思うって」
「お前は図々しい上にデリカシーっていうものが無いのか!食い続けるな!!止まれ!!」
「…何だかすみません…」
思わず謝るオーギュスティン。彼は何も悪くはないのだが。
「オーギュスティンが謝る必要は無い…というか、延々と食べ続けるな!掃除機かお前は!!」
注意されてもなお摘んでいくヴェスカ。むしろわざとやっているのではないかと思えてくる程だ。
折角二人きりで弁当を突けると思っていたのが、とんだ邪魔が入ってしまった為に台無しにされた気分になっていた。
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