そのにじゅうはち:セミ

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そのにじゅうはち:セミ

【セミファイナル…死骸だと思って近くを通った際、実はまだ生きていて激しく暴れてくる現象の事を指す。セミ爆弾とも言われている。】  最近セミの鳴き声が少なくなってきましたね、とラスはリシェに話し掛ける。  今日の分の授業が終わって清掃も済ませ、真っ直ぐ寮へと戻る帰り道の中。寮へ続く道はきちんと舗装された小さな通り道となっていて、綺麗に植え込みやら花壇が置かれている。 「涼しくなって来てだいぶ助かる」  あまりにも今年は暑過ぎたからな、とリシェは呟いた。あまりにも寮部屋の冷房解禁が遅過ぎて、自前の木刀で事務室の室外機を破壊しようとしていたのが遥か遠い昔の出来事のように感じる。  夏休みも既に終わり、秋の足音が緩やかに近付いていた。 「あれ」  ラスは前方に妙に黒い物がある事に気付く。同時にリシェも前の塊に注目した。 「何でしょうね、あれ」 「………」  目を凝らしてもその正体が良く分からない。 「ゴミか何か落ちてるんじゃないのか…」 「ううん…んえ?」  不意に足元に目線を落とすラス。そして眉を寄せ、「もしかして…」と更に遠くを眺めた。 「セミとかじゃないですよね」 「あ?セミ?」  そんなに大量に一ヶ所に集まれるものなのかと疑問を抱いた。そしてラスを見上げると、「確認して来い」と促す。  何故かこちらに行かせようとするリシェに、ラスは及び腰になりながら俺ですかぁ…と狼狽えた。気になるなら自分で行ってみるべきではないのかと思う。 「俺が行ってもいいけど…ほら、良く遠くを見てみろ」 「何ですか…塊の他に何か」  リシェは道に散らばる黒い塊の奥を指差しながら「ほら」と続けた。 「ハトが居る」 「は、ハトですか…ああ、居ますね。一羽だけだけど」 「ああ。あいつらが俺を敵として見做している以上、俺はあいつらに関して警戒を強めなければならないのだ」  そう言い、リシェはギリギリと歯を鳴らす。  そこまでか…とラスは脱力した。  まぁ、今までが今までだったのでリシェが警戒を強めるのも無理は無い。仕方無いな、とラスは様子を確認する為に前へ進んだ。  道に散らばる塊に近付いていくにつれ、その正体が次第に明らかになっていく。そしてそれが判明した瞬間、ラスは背後を振り返りリシェに声を掛けた。 「…先輩!これ、セミですよ!大量にここに落ちて」  そう叫んだ瞬間、地に伏していた大量のセミがラスの前で一気に飛び上がっていく。 「うわぁああああああ!!」  眼前で広がる大量の羽虫の攻撃を喰らい、ラスは悲鳴を上げた。  それを数十歩離れた奥で見守っていたリシェは「うわぁ」と呟いたが、何故か口元は笑みを浮かべる。  セミに塗れるラスは声を上げて遠くへ走り去ってしまった。 「…良かった、これで罠に掛からず進めるぞ」  安堵した様子でリシェは先に進もうとするが、不意に前方に目を向けて思わず足を止めてしまった。 「………」  まだハトが居る…。  もうトラップも尽き果てたはずだろう、と舌打ちしながら再び歩き出し、妙に大人しく静観しているようなハトの横を通ったその時。 「ぎゃぁあああああああああ!!」  目の前を小さな黒い物体が横切り、顔面に激しくぶつかった。その拍子にリシェの体はよろめく。  まるで使命を全うしたかのように一匹のセミが彼の目の前で落下した。あまりにも不自然な一連の動きだ。まるで誰かに指示されたかのように攻撃的過ぎる。 「く…くそ…何なんだ」  顔を押さえ、リシェはちらりとハトの居る方向へ目を向けた。  ハトは何くわぬ顔でよろめくリシェを見上げた後、満足したかのように飛び去ってしまう。 「………!」  こうなるのを期待していたのか、と飛び去ったハトを目で追っていくにつれ、ふつふつと怒りが湧きあがった。 「こ、この野郎!!お前がこいつらに命令したんだろう!いつか焼いて食ってやるからな!!」  悠々と飛び去る相手に向かって、リシェは大人げない罵声を浴びせ続けていた。
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