そのさんじゅう:生命の危機

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そのさんじゅう:生命の危機

 校舎から寮へと戻る道の上で、リシェは不意に声を掛けられた。  振り返り、正体を視界に入れると同時に彼は反射的に表情を曇らせてしまう。 「あ!やっと出てきたわね」 「………」  何だこの女…とつい警戒するリシェに対し、相手は何故か勝ち誇ったような顔で近付いてきた。幸か不幸か、いつもくっ付いてくるラスは居ない。  他の学校の制服を着たままの少女…リゼラはリシェの前に立った後で変に強気な口調で話を切り出す。 「あんたがなかなか姿を見せないからこっちから来てやったわ」  ふふんと鼻で笑いつつ、変に偉そうな口調なのでスティレンを思い出しそうだ。  この二人を会わせればお互いどんな会話をするのだろうか。 「姿を見せないって…外に出ないから当たり前じゃないか」  一体何の用だ、と嫌そうに眉を寄せる。  彼女と関わり合いになったのは前のバレンタイン辺りか。  あの時はラスから自分宛に渡されたチョコらしきもので死ぬ思いをしたのだが、まさかまた何か持ってきたのではないかと怪しんでしまう。  この女、俺を殺そうとしているのかもしれない。  次は爆発物を持参してきたのか?と少し後ずさりした。 「何か用があるのか?俺は忙しいんだ」  そう言うものの、特に何か急いでいる訳ではない。  さっさと部屋に帰りたいリシェはそう言うと、リゼラから目線を逸らした。自分よりやや身長がある相手を見ているとコンプレックスに苛まれそうになってしまう。  俺はこいつより背が低いのか…と。  リゼラは腕組みしたまま「ほんとあんたって鈍いのね」と呆れた。 「に…鈍い…?」 「そうよ。あたしから動いて正解だったわね。あんたの連絡先も知らないし、どうしようって思ってたけど」 「はぁ…?」  気力の無い声を出すリシェ。 「前置きはいいからさっさと要件だけ言え」 「あら、そう。なら言うわ。この前の感想が聞きたかったのよ。このあたしが作ってあげたチョコ。勿論食べたでしょ?」  だらだらと無駄な発言をしてこない辺り、リゼラは賢い。直球で目的を言ってくれるのは有り難いが、その発言はリシェを余計困惑させた。 「………は?」  感想を聞きに来ただけなのはいいのだが、何故今なのだろう。 「あれからかなり時間が経過していると思うけど…今更か?」  何ヶ月経過してると思っているのだろうか。  彼女は今まで感想が聞けなくてずっと悶々とした日々を送り続けていたのかと思うと、複雑な気分に陥ってしまう。 「そうよ。あんたがなかなか言いに来ないから」 「俺はお前の事をろくに知らないんだぞ…」  どこの学校なのかすら知らないというのに、感想をどこに言いに行けばよかったのかと頭を垂れた。リゼラと会ったのは街中のパン屋位なのだ。ただそれだけなのに、何故親密になれたと勘違い出来るのだろう。  しかもチョコらしきものを食わせるとか。 「別にいいじゃない。出会いはどうであれ、あたしはあんたにあのチョコの感想だけ聞きにきただけよ」 「………」  まさか腹痛で死にそうになっていただなんて言えない。  リシェは目を逸らしながら「…あぁ、まぁ…」と言葉を濁した。 「悪くは無いか…」  本当はめちゃくちゃ悪かった。何か固かったし。あれはチョコという代物なのかと疑問を感じる位。  本気で死ぬかと思った。だが正直に本人に伝えるのは酷な気がして、言い淀んでしまう。  もにょもにょとしていると、リゼラはぱあっと表情を明るくする。 「あら、そう!?」 「………」 「良かったぁ。それならいいのよ。次はそうね、クリスマスのケーキを作ってあげるわね」  安心したように彼女は言うと、リシェに対して非常に不吉な事を言い出す。リシェは思わず顔を上げると、「は!?」と声を出した。 「いや、いい…いい!!そこまでして貰わなくてもいい!!」  変にやる気を出す態度を目の当たりにし、リシェはつい首を振った。  チョコでもう死ぬかと思っていたのに、ケーキなんて作って来られた時には本気で命の危険が迫ってしまう。気持ちだけで十分だ、と必死に止めようとした。  しかしリゼラは満面の笑みで「またまたぁ」と手をヒラヒラさせる。 「あんた、女から何か貰った事なんて無いんでしょ。モテなさそうだもんね。だったらあたしが手作りのケーキを作ってあげようじゃない。ふふん、有難いと思いなさいよね。じゃ、そういう訳だから!楽しみにしてなさい」  心底嫌だと言いたげに首をふりふりと振るリシェを無視するかのように、リゼラはその場を立ち去ってしまう。  人の話を聞け!!と言う間もなく。  勝手に解釈して勝手に決められ、勝手に去っていってしまった。 「本気か…?」  やはりこの女、俺を殺そうとしているに違いない。  一人取り残されたままのリシェは、自分はクリスマスに死ぬかもしれない…と変な焦りを感じずにはいられなかった。
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