そのさん:SSR

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そのさん:SSR

 職員室に行った帰り、偶然廊下で遭遇してしまった相手に対しリシェは嫌そうな顔を普通に向けていた。相手はこちらを見るなり嬉しいという感情を表に出し、「リシェ!」と幸せそうに話しかけてくる。  本来は主人と従者、そして従う側は絶対的な服従を誓っていた関係。  それが現状ではこのように極端に真逆な反応。 「こんにちはリシェ。今日も抱き締めたくなる位可愛いですね」 「その変な挨拶、別にしなくていいですよ…」  ロシュが近付く毎に、リシェが後退していく。  元の世界ではリシェが自らロシュに近付いていくというのに、この反応はあまりにも寂しい。無理も無いとは思うが、仕方無い。  この状態から、本来のリシェにどうにかして引き戻してあげたい。  ロシュは溜息混じりにそう言い、うっとりとした表情でリシェの言葉に反応する。 「そうですかぁ…でも言わずにはいられないんですよねぇ。ほら、私とあなたは引き離そうとしても離れられない運命なんですから」 「は?」  リシェにしてみれば、全く記憶が無いのでロシュの発言は頭のどこかが沸いている人という認識に他ならない。  元の世界においても、興味の無い相手にはこのような淡白な感じなのだろう。彼は好む相手とそうでは無い相手に対する差が激しいのだ。 「授業が始まるのでこれで失礼します」  このままロシュを無視してやり過ごそうと、リシェは一応丁寧に挨拶すると通り過ぎようと歩き出した。しかし根本的にしつこい、めげない、諦めの悪いロシュは「お待ちなさい」と横切ろうとする彼の前に腕を差し出し引き留める。  うわぁ…と鬱陶しげにリシェは顔を上げた。 「何ですか、もう」 「あなたは私の事を全く思い出せていない様子なので、少しずつ思い出して貰えるようにしないといけないのです」  また意味の分からない事を言い出す…とリシェは困惑する。  思い出せと言われてもさっぱり分からないのだ。何の話だとラスに聞いても思い出さなくていいと言われるので、別にいいものだと思っていたがロシュはその何かを思い出して欲しいらしい。  彼が言う運命の相手は実は全くの別物なのではないかと思うのだが。 「思い出せって言われても分からないです」 「少しずつでいいのですよ。無理は禁物です。無理に思い出そうとしてもよろしくは無いですからね」  彼は必死になって自分に何かを思い出させようとしている様子だが、こちらは何を思い出せばいいのかさっぱり分からないのだ。こいつは一体何を言っているのかと顰めっ面になってしまう。  だが相手は自分より年上で、一応教師なので無碍にするのもどうかと思った。  これだけ顔や体格が整っているのにも関わらず、自分にやたらちょっかいをかけてくるのは如何なものだろう。黙っていてもモテる要素が有り余る位なのに。 「思い出せって言われても…」  困り果てるリシェの顔も可愛らしい、と彼の身長に合わせて身を屈めているロシュは思った。許されるならこのまま別の場所に連れていって、飽きるまで抱き潰してあげたい。  しかし流石にこの世界上では厳しいので妄想だけで我慢するしか無いのだ。普通に彼に振り向いて貰うには、一通りの段階を経ていかなければいけない。  自分が彼の同級生ではない事が特に悔やまれる。年齢的に違いがあるのでこればかりはどうしようもなかった。 「あぁ…本当に、私もあなたと同じ環境下に居る事が出来たらあなたを完全に攻略出来るものを」 「はぁ…あんたもたまにラスと同じような事を言いますね。言っている事がまるで分からないんですけど」 「そりゃ…仕方無いのですよ。深い意味を知っているのは私とあの子位なものですし…本当に残念でなりません。本音を言えば、あなたと同級生の立ち位置だったら良かったのに。その点、あなたの従兄弟はとてもいい場所に居る。今風に言えばガチャでSSRな環境です」  何処かで聞いたな、と彼の言葉をうわの空で聞き流した。 「そうですか。それじゃ失礼します」  どこまでも冷たくあしらうリシェに、ロシュはすかさず「お待ちなさい!!」と引き留める。  いい加減うんざりしてきたリシェが何ですかと吐き捨てていると、不意に「何してるのさ?」と声が掛かった。 「スティレン」 「お前、また何か悪さでもしたの?」 「違うって…引き止められたんだよ…」  ちょうどいい具合に来てくれて助かったが、すでに会話に疲れ果てたリシェはげんなりする。  そして一番良い環境下に置かれている相手の出現に、ロシュは「あぁ」と思わず声を漏らした。 「SSR!!とても羨ましい!!」  そして羨ましい余りに突いて出る言葉。 「はぁ?」 「気にしなくていいぞ。俺も全く分からないんだから」  会話の過程を全く知らないスティレンは、ロシュの発言を受けて首を傾げていた。
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