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そのろく:危険回避
ある日の帰寮の最中に、リシェの真横でスーッと車が停車する。
ああ、この車…と何かを思い出し、足を止めていると後部座席の窓がゆっくりと開かれた。
「やあ、リシェ」
「またあんたか。どうせスティレンだろう」
満開の花が咲いたように可愛らしい雰囲気を撒き散らす他校の生徒がにっこりと微笑んだ。いつもの真っ白く豪華な車、同じく彼専属の運転手。よくこいつの我儘についていけるものだと感心してしまう。
「うん!そうだよ★」
相変わらず甘ったるい奴だとリシェは数歩退く。
「んーで!スティレンはまた一緒じゃないの?」
「…何で俺が常に一緒だと思うんだ?」
無表情のリシェに対し、サキトはいつものように首を軽く傾げると「何かいつも一緒っぽく見えるから…」と答える。
どうやら二人で一セットだと思われている節があるようだ。
「君を当たれば勝手に付いてくると思ってさぁ…ずるいなぁ。僕がその立ち位置に居たい位だよぉ」
「じゃあ立ち位置をやるから持って行けばいい」
リシェはスティレンに対しての欲は全く無い。むしろそのままシャンクレイス学院に持っていってくれればいいとまで思っていた。
サキトとは違い、興味も無いリシェには大変有難い事だ。
「へぇ…君がそう言ってくれるなら貰っちゃおうかなぁ。でも今居ないんでしょ?どこに行ったか知ってる?」
「知らない。帰りがけに呼ばれて職員室に行ったからまだ学校には居ると思うけど…」
本人の知らない所で勝手に話が進む中、リシェを追いかけて校舎を出たスティレンが「あぁあああ!!」と声を上げて近付いて来た。しかし停車していた真っ白なリムジンを見るや、彼は思いっきり嫌そうな顔を見せる。
そしてサキトの姿に「うっわ!!きっしょ!!」と罵声のような文句を口走っていた。
「あ♡スティレンだぁー!」
スティレンの姿をようやく発見したサキトの口調が明らかに先程とは違って聞こえてくる。
リシェは自分の用はもう無いだろうと言わんばかりにじゃあ…とその場から立ち去ろうとした。しかし猛ダッシュでスティレンは駆け寄り、リシェのシャツの襟足をぐいっと引っ掴んでくる。
ぐぐっと首がつっかえたリシェは、思わずぐえっと声を上げた。
「…何逃げようとしてんのさ!!」
「だって、俺はもう関係無い…」
「こいつを引き止めたお前にも罪があるんだよ!!」
知らぬうちに罪人になってしまった。苦しさで涙目になっているリシェの側で、サキトはスティレンとの再会の嬉しさでにこにこしている。
「良かったですね、サキト様」
運転手からも祝福される始末だ。
スティレンは車内の運転手を軽く睨んだ後、何の用なのさと舌打ち混じりに言った。
「だってスティレンったら、電話しても全然出てくれないし…直接会うしか無いって思ったからぁ…」
拗ねるような顔も愛くるしいが、スティレンには鬱陶しくて堪らないのだろう。あっそ!とだけ吐き捨てるとリシェに「じゃ、行くよ!」と声をかける。
「あぁん、駄目だよぉ。リシェから許可貰ったんだもん。スティレンを好きにしていいって…だから車に乗って?」
「は?」
顔を引き攣らせ、首を押さえてケホケホ咳き込んでいるリシェに目線を向ける。そして彼の頭に思いっきりゲンコツを落とした。
ごつりと頭上から湧いてくる痛みに、リシェは「痛い!!」と首に続けて頭を押さえる。
「何するんだ!!」
「お前、勝手に人を売るような真似をするんじゃないよ!!」
「?…??」
頭を押さえ悲観に暮れていると、頭上でバサバサと聞き覚えのある羽音が聞こえてきた。『彼ら』の襲撃に敏感なリシェは顔を上げ、うわ!と声を上げる。
一方で鈍感な彼の従兄弟は鼻をひくつかせ、呑気な声で問いかけた。
「何かさぁ…鳥臭くない?」
スティレンのその言葉に、サキトはハッと記憶にあった出来事を思い出した。そして運転手のクロスレイに向けて「いけない」と告げる。
「また来るよ!!車体に傷がついちゃう!!車出して!!」
「は…はい、サキト様!!」
その合図を受け、白いリムジンは特に何をするでもなくそのまま走り去ってしまう。サキトは窓から体を出し、スティレンに投げキスをしてまた来るよ!と言い残しながら。
珍し、帰って行ったよとスティレンはリシェの方に目を向けた。
「あれ?リシェ…?」
しかし彼の姿はその場には無く、ハトの襲撃を受けて遠くまで泣きながら逃げているのが見える。
どうやらまた彼らに見つけられ、くっつかれてしまったらしい。
何で寄ってくるんだよ!!と泣き喚く後姿を見届けたまま、スティレンは「ハトの大好物なのかな…」とその異様さに首を傾げていた。
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