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それは突然の出来事だった。
猛烈な吐き気で目が覚めて何とかトイレに駆け込んだ晶はそれから暫くその場を動く事が出来なかった。
激しい嘔吐と下痢に見舞われながら薄れて行く意識。
這いずりながら何とか119に電話して再びトイレに舞い戻るもコンシェルジュと共に救急隊が駆けつけた時には完全に意識を失っていた。
母親たちの勤務する病院に運ばれた上にたまたま夜勤帯の責任者として春子が勤務していたのはラッキーだった。
晶は意識のない状態で着の身着のままで運ばれてしまったから携帯どころか財布も保険証もない。
搬送者リストを見た春子が晶の名前に気が付かなかったらもっと連絡も遅くなっていたに違いない。
「とにかくあんたは仕事があるんだし、勝手に1人抜ける訳にもいかないんでしょ?」
「それはそうだけど、でも!」
「でもじゃないの!晶の事は任せてちゃんと仕事に集中しなさい。いい?分かった?」
「はいそうですかって言う訳なくない!?とりあえず今夜舞台が終わってから、」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。あんた福岡にいるんでしょ?」
「そうだけど何とかして、」
「晶が心配するでしょう!具合悪い時に余計な心配かけるんじゃないよ!」
「でも!」
「でもでも煩い!連絡しなきゃ良かった。」
「ちょ!それはないだろ!」
「とにかく帰って来なくて大丈夫だから。本当に感染力も強いしあんたにうつったら晶も気にするでしょ?」
「俺病気になんねーもん。」
「晶にインフルエンザうつしといて何言ってんの!」
「俺1日で治った!」
「バカは風邪ひかないんじゃないの。風邪ひいてるって分かんないだけ!とにかく帰って来たらこっちにもそっちにも迷惑しかかかんないだから!」
「こっちはともかくそっちには迷惑かかんねーだろうが!」
「大体感染症病棟は隔離されてるから来たって会えないわよ?」
「えっ?俺夫なのに?家族も?」
「病棟自体が感染エリアなんだから当たり前でしょ。汚染された体で共用部分をウロチョロされたら感染が広がるじゃないの!ちょっと考えたら分かるでしょうに。」
面会出来ないと聞いたからってやっぱり晶の姿をちゃんと自分の目で確かめないと不安で。
電話を切ってからメンバーに相談してみたけれどダメだった。
舞台を投げ出す訳にいかない事くらい分かってる。
だけど心配でたまらない。
携帯は母親が晶に届けてくれると言っていたけれど、それから3日間はメッセージの既読さえ付かず。
流石にメンバーも何とかして琥太郎を東京に戻せないか相談していた矢先の大寒波。
念願のオフは手にしたけれどこの状況では帰るに帰れない。
「琥太郎諦めろ。俺らだって諦めたんだから。」
「お前たちはただ新幹線が運休して来れなくなっただけじゃねーか!こっちは病気なんだぞ!」
「退院すんだろ?明日。だから何が何でも帰ろうとしてんのバレてるからな。」
「えっ?俺言ったっけ?」
「晶から連絡あった。」
「何で!?何でお前に連絡があんだよ!俺だって1日に数回しか連絡来ないのに!」
「何がなんでも琥太郎を止めろってさ。」
「は?晶がそう言ったの?」
「そ。何だか感染力がすげーらしい。だから退院しても一週間だか10日だか忘れたけどとにかく暫くは実家に行くから公演終わっても離れとけってさ。」
「ふざけんな!」
「俺に当たるなよ。でも丁度いいじゃん。追加公演あるんだからさ。それ終わる頃には流石に大丈夫だろ?」
「年末はどうせ休みだから感染しても問題ない!」
「年末休みは無くなったって聞いてねーの?」
「は?何だよそれ!」
「追加公演の余波だな。」
「そうそう。仕方ないやつ。俺だってひかりの仕事納め待って温泉の予定だったけどさっきキャンセルしたよ。」
「俺だって年末は雪のご両親の墓参り行く約束だったけどキャンセルしたし。」
「俺も。志穂が転勤になるから年明けは忙しくて会えないし年末だけがチャンスだったんだぞ!」
「あ、志穂ちゃん受かったの?」
「うん。晴れて総合職。まだお祝いすらしてない。あんなに頑張ってたからちゃんとお祝いしたかったのに。」
「お祝いは良いけどさ、転勤って・・・」
「えっ!?遠距離!?ウソだろ!俺絶対無理!」
「遠距離って、いや、そんな筈は・・」
「どこ行くか聞いてないの?」
「聞いてないけどそんなに遠くには・・」
「どうすんだよ!大阪とかましてや北海道とかだったら!」
「いや、だって志穂もそんな話してなかったし!総合職になったら必ず一度は転勤しなきゃいけないって話しか聞いてないんだよ。流石にそんな遠くに行くなら言うだろ?」
「まぁそれは確かに。」
「じゃああって中距離って事か。」
「俺らの仕事じゃ中距離も遠距離も変わらないだろ。隙間時間にどれだけ会えるかなんだし。」
「週末はこっちに呼ぶ。そうすれば、」
「週末なんか関係ない仕事じゃん。わざわざ呼んどいて碌に会えないまま帰す事にだってなりかねないけどそれでいいの?」
「じゃあどうすれば良いんだよ!」
「まぁまだ遠くに行くとは決まってないんだし、とりあえずはちゃんと話す事が先決だな。」
「今年いっぱいは休みないけど正月は休みくれるって言ってたからさ。」
「ワンチャン新幹線か飛行機が飛べば、」
「紘までそんな事言って!ダメだって!この3日間は諦めろよ。」
「大澤はいいよな。仕事として雪ちゃんに堂々と会えるんだから。」
「そうだよ!正月だってずっと一緒だって惚気てたもんな。俺なんかひかりにゆっくり会えるのは最短でも三が日の後だもん。羨ましいよ。」
「えっ?ひかりちゃん正月も仕事?」
「いや、実家だって。」
「晶の高校の同級生なんだし実家都内だろ?」
「そうなんだけどさ、何かあるみたいなんだよ。あかりちゃんも言ってただろ?」
「ん?は?あかり?何も聞いてねーけど?」
「でもひかりはお姉ちゃんと、って言ってたよ?あかりちゃんから何も聞いてない?」
「聞いてない。つーか年末年始どうするか何て話してねーよ。」
「あれ?三太会わないんだ?」
「は?別にいちいち約束しなくても呼べば来んだろ。」
「え・・・」
「お前最低。」
「絶対近いうちに振られるな。」
「何でだよ!」
「あかりちゃんはもうちゃんと彼女なんだろ?だったらそんな扱いあり得ない。」
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