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日曜日、私は大抵朝陽くんの家へ行く。
朝陽くんは一人暮らしだ。
普段は仕事が忙しいので、家のことには手が回らないと言っているし、食事も適当になりがち。だから、掃除をしたり、食事を届けるという名目で足を運んでいるのだ。
本当は、デートしたい。街に溢れている幸せそうなカップルのように、一緒にご飯を食べたり、映画を観たり、水族館とかに行ったり。
朝陽くんに頼めば、連れていってくれるだろう。だけどそれは、叔父として姪に付き合ってくれるだけ。
それじゃ意味がない。だから、いつか彼女になれた時のために我慢している。
それに、外に遊びに行けなくても全然構わない。こうやって家に入れてもらって、朝陽くんの身の回りのことができるだけで嬉しい。でも──。
「はーい! こんにちは」
インターホンを押すと、すぐにドアが開く。その姿が見えた瞬間に、私はがっくりと肩を落とした。
あぁ、今日もいるんだ。
ドアの隙間から顔を覗かせたのは、朝陽くんの今カノ、高梨優理だ。目鼻立ちがはっきりしていて、派手な顔立ち。でも、彼女は全体的に色素が薄いのか、髪の色も茶色、目の色も茶色で、それが全体の雰囲気を柔らかくしている。ただ、中身は決してそうじゃない。
「やっぱりいるんですね」
「当然でしょう? というか、それ、こっちのセリフなんだけど」
「また来たの、とでも言いたいんですか?」
「さすが県内トップの進学校に通ってるだけあるわね。かしこーい! ちゃんとわかってるんだー」
視線がバチバチと絡み合い、火花が飛び散る。
私とこの人が顔を合わせると、いつもこんな感じだ。
「毎週、毎週、頑張るわね。料理なら私が作るから大丈夫よ?」
「朝陽くんは、うちの母の料理に馴染んでるんです。お休みの日くらい、食べ慣れている味の方がホッとするじゃないですか。実際に朝陽くんも喜んでるんだし。優理さんも朝陽くんのサポートなんだから、お仕事忙しいんですよね? なら、日曜日は家でゆっくりお休みした方がいいんじゃないですか?」
「私は、朝陽の側が一番落ち着けるの」
「朝陽くんは落ち着かないかもしれませんよ」
「彼も私の側が一番落ち着くって言ってくれてるけど」
「リップサービスじゃないですか?」
「ったく、可愛くないー!」
「別に、あなたに可愛いと思ってもらわなくていいし。それに、朝陽くんは可愛いって言ってくれるので問題ありません。あと、いい大人が語尾を伸ばすってどうなんですか? 恥ずかしくないです?」
「もうー、ほんっと可愛くないっ!」
ひととおりのやり取りを終えると、私は彼女に構わず朝陽くんの部屋に入っていく。
こんな口喧嘩なんて、もう日常茶飯事だ。ある種、私と彼女のコミュニケーションみたいになっている。
高梨優理は、こういうところが手強い。
歴代の彼女たちは、すぐに朝陽くんに泣きついた。それでもどうにもならないことがわかると、朝陽くんの元を去っていった。私としてはそれを狙っているのだから、作戦成功といったところだ。
大体、みんな根性がなさすぎる。
本気で好きだなんて言っておきながら、私がちょっとつついただけで尻尾を巻いて逃げ出すのだから。
もちろん、全員がおとなしく逃げていったわけでもない。中には、あることないこと私の悪口を朝陽くんに言って、私を貶めようとした人もいた。でも、そんなことをしたって無駄だ。
私と朝陽くんが何年一緒にいると思っているのか。朝陽くんは、私が生まれた時から知っていて、私の成長する様をずっと見てきたのだ。ほんの少し関わっただけの人の言うことが本当か嘘かなんて、考えるまでもない。「それは誤解だよ」なんて逆に諭され、思い知るのだ。朝陽くんから私を引き離すことなどできないと。
なのに、高梨優理は全く挫けない。それどころか、堂々と向かってくるのだ。しかも、どこか楽しげに。こんな人は初めてだった。
やりづらい。
どうすれば歴代の彼女たちのように追っ払えるのかをずっと考えているけれど、何をどうしても、この人にとってはどこ吹く風、むしろ、次はどんな手でくるのかと楽しみにしているようだった。
「美咲さんって、お料理上手よね」
作り置きのタッパーを冷蔵庫に入れていると、彼女がしみじみとした調子で言った。
朝陽くんがすぐに食べられるようにお皿に盛り付けするつもりだったのに、部屋に入って中を見渡し、私は再び肩を落とす。一番肝心の朝陽くんがいないのだ。
「上手ですよ。私はそんな母から料理を習っているので、優理さんよりも上手いかも」
「私も習おうかな」
「それは遠慮していただきたいですね。自分の家でまで優理さんに会うのはちょっと。で、朝陽くんは?」
ここは朝陽くんの家なのに、どうして家主の朝陽くんがいなくて、この人がいるの? 本当に、本当にがっかりすぎる。
不満たらたらな私の顔を見て、彼女は僅かに眉尻を下げた。
あれ、と思う。彼女がこんな顔をするのは珍しい。
「朝陽、今朝急に呼び出しがあって、会社なの。でももうすぐ帰ってくると思うわ。ついさっき、駅に着いたって連絡があったから」
「お休みの日にまで呼び出されるなんて、社会人って大変なんですね。あ、そうか、朝陽くんが頼りにされてるからか……」
「そうよ。朝陽は、部署内で一番頼りになるエースだから」
この人からこんな話を聞くのは、本当は悔しい。この人は、いつも朝陽くんの側にいて、懸命に働く朝陽くんの姿を見られるのだ。それだけじゃなく、サポートまでできる。
どうして私じゃないのだろう。
私だって、側にいて朝陽くんを支えたいのに。
もし私がこの人と立場が同じなら、朝陽くんは好きになってくれただろうか。一人の女性として、想ってくれただろうか。
「花乃ちゃん?」
「……もうすぐ帰ってくるなら、ここにいます」
ぼんやりしてしまった私を訝しげに見つめ、彼女は曖昧に頷く。彼女も私の反応が珍しいと感じたのだろう。私はいつも、この人の前では隙を見せないようにしていたから。
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