いつか六法全書が書きかわるまで

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 この人と朝陽くんが付き合い始めてから、一年と少し。  大人のカップルが結婚までどれくらいの期間付き合うのか、私にはよくわからない。すぐに結婚する人もいるだろうし、ずっとしない人もいるだろう。お互いの年齢にもよると思う。  このことを考えると、私の気持ちはいつも奈落の底へと沈む。  朝陽くんは三十七歳で、この人は三十二歳。二人とも十分に大人だ。そしてこの一年の間、仲睦まじく過ごしてきた。私はそれを間近で見ているしかなかった。  私がいくら朝陽くんにべったりくっつこうが、邪魔をしようが、この人は全然気にしない。これまでの彼女のように、私の悪口を朝陽くんにこそこそ告げるのではなく、私に直接文句を言ってくる。  そのことにものすごく驚いて、でも負けずに言い返しているうちに、いつの間にかそれが私たちのコミュニケーションになってしまった。そして、そんな私たちを朝陽くんはいつも笑って見ているのだ。これを交際順調と見ずに、どう見るというのだ。    そんなことを考えていると、頭がクラクラしてくる。焦燥感に駆られ、どうしていいのかわからなくなる。子どものように癇癪でも起こして、思い切り八つ当たりできたら……。  でも──できない。  だって、わかるのだ。この人はそれを受け入れてしまう。だからこそできない。そんなの、悔しすぎるから。  時々、そんな自分が嫌になる。  子どもに見られたくなくて、精一杯背伸びして、でも全然足りなくて。それなのに、まだ対等でいたいと意地を張る。この人の余裕が羨ましくて、妬ましい。 「花乃ちゃん、どうしたの? 急に黙られると怖いんだけど……」  その言葉どおり、恐る恐るといったように私の様子を窺う彼女に、私はフイと顔を背ける。今、目を合わせると、私の考えがこの人に筒抜けになるような気がした。困ったことに、この人は勘も鋭いのだ。 「別に。……そろそろ朝陽くん、帰ってきますよね」  最寄り駅からここまで、徒歩約十分。もう着いてもいい頃だった。  そう思った頃を狙いすましたように、インターホンが鳴る。彼女が部屋にいることがわかっているから、朝陽くんはわざわざ鳴らしたのだろう。 「帰ってきた!」  私は大急ぎで玄関へ向かう。ここで彼女に遅れを取るわけにはいかないのだ。 「おかえりなさい!」 「花乃! 来てたのか」  私が飛びつくと、朝陽くんは驚いたように大きく目を見開き、そしてすぐに穏やかに微笑んだ。  この笑顔を見る度、嬉しくなる。  朝陽くんが私だけを見てくれるのが嬉しい。このままずっと、私だけを見ていてくれたらいいのに。  でも、そんな幸せな時間は瞬時に打ち砕かれる。 「花乃、帰るぞ」 「はぁっ!? なんであんたがここにいんのよ!」  朝陽くんの後ろからひょっこり顔を出したのは、幼馴染の新山(にいやま)大和(やまと)だった。
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