いつか六法全書が書きかわるまで

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「美咲おばさんが、長居するなって」 「って、ちょっと!」  大和は私を朝陽くんから引きはがし、腕を引っ張ってそのまま外に出そうとする。  ちょっと待って! 私、靴はいてないんですけど!? それに、ようやくお目当ての朝陽くんに会えたというのに、この一瞬の逢瀬で別れろと!? 冗談じゃない! 「ヤダ、離して! 朝陽くん、助けて!」  朝陽くんはちょっと困った顔をしていた。その隣にいる高梨優理も同じだ。それを見て、私は首を傾げた。  いつもの彼女なら、ケラケラと声をあげて笑うのに。しかも、お邪魔虫はさっさと帰ってねと言わんばかりの、憎たらしい笑顔で。  ふとそんなことを考えてしまったせいで、私はあれよあれよという間に持ってきた鞄を持たされ、靴もはき、挨拶もそこそこに朝陽くんの部屋を後にしていた。ハッと気付けば、エレベーターに乗っていたのだ。 「なんであんたはいつもいつもいつも! 私の邪魔ばっかすんの?」  大和をギラリと睨みつけそう言うと、彼は心底呆れたような顔をする。 「邪魔してんのは花乃だろ? 恋人同士の間に堂々と居座りやがって」 「うるさいっ!」 「反論できないと、いつもそれだな。文句にもバリエーションがないと面白くないんだけど」 「あんたを面白がらせるために文句言ってるんじゃないわっ」  エレベーターが一階に着き、大和がまた私を引っ張る。私が逃げ出さないよう、その手は未だ離れていない。 「朝陽くんの部屋に戻ったりしないから……この手、離して」 「どうだか」 「信じてよ!」 「その言葉を信じて逃げられた回数、もう数えたくねーわ」 「うっ……」  大和は幼馴染であり、今や私のお目付け役になっている。  幼稚園からずっと一緒で、母親同士が仲がいいせいもあり、家族ぐるみの付き合いなのだ。だから、朝陽くんも大和のことはよく知っている。  大和はいつも飄々としているけれど、何気に面倒見がいい。小学校の頃はクラスのガキ大将的ポジションで、自分を慕ってくる子たちに何かあると、あれこれとしゃしゃり出ていたものだ。中学にあがって少し落ち着き、ガキ大将からクラス委員長や部活の部長といった肩書にレベルアップした。  そんな大和をうちの母親はとにかく頼りにしていて、うちにも弟がいるというのに、私を連れ戻したり他に何かある時でも、いつも大和に頼む。大和だっていい迷惑だろうに、彼はどうしてだかそれに応じているのだ。 「お母さんも、なんでいっつも大和に頼むんだか。メッセージ入れたら済む話なのに」 「無視するくせに」 「当たり前じゃん! せっかく朝陽くんと一緒にいるのに」 「……もういい加減、朝陽さんから卒業した方がいいんじゃねーの? 優理さんはこれまでの彼女とは違う。花乃がいくらちょっかい出そうが、ドンと構えてるだろ。むしろ、向こうがお前で遊んでるくらいだろうが」 「そ、そんなこと……ないし」 「さすがに今回ばかりは諦めた方がいいんじゃね?」 「そんなに簡単に諦められるくらいなら、もっと早くに諦めてるわよっ!」  そう。諦められるくらいなら、とっくの昔にそうしている。朝陽くんから絶望的な事実を聞かされた時に、そうしていた。  でも、できなかったのだ。  私は朝陽くんを諦めるという選択じゃなくて、法律の方を変えてやるという選択をした。  朝陽くんを諦めない。彼の気持ちを私に向ける。姪としてではなく、一人の女性として想ってもらうのだ、と。それがどんなに苦しい選択であろうと、諦めるよりはマシだった。
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