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お母さんからの話を聞いた後、私はしばらく部屋に閉じこもり、お母さんが夕飯の支度で忙しくしている隙に家を出た。
自棄になってとかではなく、外の空気を吸って頭を冷やしたかったのだ。とにかく冷静になりたかった。
私は駅前にあるコーヒーショップの窓際に座り、ぼんやりと外の景色を眺めていた。熱いコーヒーを少しだけすすり、溜息を一つ。
駅前には多くの人が行き交っている。大人数で今から飲みに行くのであろう男女の集団、人待ち顔で何度も時計を眺めている女性、せかせかと急ぎ足で歩く男性、楽しそうに笑っている家族に、喧嘩でもしたのかというような険悪な雰囲気のカップル。そんな人たちの姿を眺めながら、私はお母さんの話を思い出す。
決して考えなかったわけじゃない。それでも、その事実をすぐに受け入れられるかというと、正直無理だった。
これまでの自分が全てなくなってしまったかのような喪失感を覚える。頭が真っ白になって、何も考えられなくなって。呆然自失というのは、こういうことなんだな、などと妙に冷めた目線で眺めるもう一人の自分もいたりして。
どうしたらいいかわからない。突然、見知らぬ場所に放り出されたような心細さ。悲しいというより、そういった気持ちの方が大きかった。
部屋に閉じこもっていろいろ考えを巡らせていても、ちっとも気持ちは晴れないし、同じところをぐるぐる回っているだけで、答えなんて出そうにない。
それで外の空気に当たろうと出てきたはいいけれど、何も変わらなかった。
ブーブー、ポケットから微かな音が漏れる。きっとお母さんが私のいないことに気付いて、連絡をしてきたのだろう。
帰りたくないけれど、帰らないなんて言うと心配させる。それに、このまま外にいたってしょうがない。
私は半分以上飲み残してしまったコーヒーを見つめ、再び溜息をつく。申し訳なく思いながら、コーヒーの乗ったトレイを返却口に戻し、店を出た。
辺りはもうすっかり暗くなっていた。私は家に帰るために、重い足を引きずるようにして歩き出す。その時──。
「花乃っ!」
大きな声に顔を上げると、目の前に息を切らし肩を上下させる大和がいて、私は目を丸くする。
どうして大和が……? もしかして、お母さんがまた大和に連絡したのだろうか。
「大和……」
「お前、なんで電話に出ないんだよ! メッセージも無視しやがって!」
「え……」
ポケットからスマホを取り出して確認すると、お母さんと大和からの着信やメッセージを何件も受信していた。何度かスマホが震える音を聞いてはいたけれど、これほどとは。
あぁ、結局心配させた。そして、また大和に迷惑をかけてしまった。
自分が情けなくなり、私は顔を俯ける。
嫌なことがあったり、困ったり、何かに悩んだ時でも、大抵のことはどうにかなると思っているし、これまで自分で何とかしてきた。そんな私にも、朝陽くんのことだけはどうにもできない。
「私……どうすればいいのかな」
「……」
まずは謝るべきなのに、しかし口から出てきたのはそんな言葉だった。
「ほんとは薄々わかってたけどっ……でも……」
「……行くぞ」
「え? どこへ?」
大和は私の腕を引き、ずんずんと歩き出す。私は強引に引っ張られ、それについていくしかない。
家に帰るなら「帰るぞ」というはずなのに「行くぞ」と大和は言った。
大和の足は迷いなく進む。どこへ連れて行かれるかわからないというのに、私の心は何故か落ち着いていた。腕を掴んで引っ張っているくせに、乱暴というわけではない。そんなちぐはぐさが、大和らしいと安心してしまったせいかもしれない。それに、大和が私を変な場所に連れていくわけがないのもよくわかっていた。
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