6.私のための小夜曲

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6.私のための小夜曲

 クリスマスイブまであと二日。どこもかしこも陽気な歌と華やかな飾りで溢れている。楽しげな光景を横目に、私は毎日せっせと通勤していた。去年も同じだったはずなのに、今年はクリスマスの文字を目にするだけで憂うつだ。クリスマスコンサートの日、ユキくんの前から逃げてしまったことをずっと引きずっている。  その後、ユキくんとは会っていない。毎週のように訪れていた「トッカータ」にも足が向かなくなって、ユキくんだけでなく匠斗さんからも様子を窺うメッセージが来た。仕事が忙しいと返信したけれど、どこまでごまかせているかはわからない。 「――って話なんだけど、たまには早瀬さんもどう?」  自分の名前が聞こえて、はっと我に返った。今は昼休憩中で、私はぐるぐる悩みながらお弁当を事務的に口に運んでいるところだった。向かいに座る笹川さんと弓木さんが、答えを待つように私を見ている。 「ごめん、ぼんやりしちゃってたみたい」  弓木さんは気にしないでと言うように笑うと、もう一度説明してくれた。 「営業部の同期から、明日飲みに行かないかって誘われてるんです。別に合コンとかじゃなくて、クリスマスだしちょっと騒ぎたいねって感じで」 「あわよくば、って思ってる人はいるかもしれないけどね」  笹川さんがにやにやしつつ合いの手を入れる。 「お店もこのビルの一階ですし、早瀬さんにも顔出してもらえたらなって」  大人数の、しかもよく知らない人がいる飲み会は苦手だ。ただ話を聞いているだけなら楽だけど、話しかけられたら焦ってまごついてしまう。疲れるばかりで、楽しめたことはなかった。いつもなら迷わず断っている。 「うーん…じゃあ、今回は参加させてもらおうかな」  このモヤモヤした気分を変えるには、いつもしないことをしてみた方が良いかもしれない。彼女たちがいるなら、そんなに緊張もしないだろう。 「ホントですか? 良かった!」  弓木さんの顔がぱっと明るくなった。こんなに喜んでくれると、なんだか良いことをした気がしてくる。 「翌日予定入ってたら、早めに抜けても良いと思うよ」 「うん、ありがとう」  今年のイブは土曜日だ。笹川さんは気を使って言ってくれたのに、それにすら傷ついている自分がいる。もしかしたらユキくんとクリスマスを過ごす未来もあったかもしれない。諦めきれなくて、つい想像してしまった。
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