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その日の帰宅途中、最寄り駅を出たところでスマートフォンが震え出した。表示されているのは「トッカータ」の番号だ。ユキくんは今まで自分のスマホからしか連絡してこなかったが、それだと私が出ないと思ったのだろうか。
気づかなかったことにしようかしばらく迷い、えいと通話ボタンをタップした。
「あ、玲奈ちゃん?」
カヤさんの声だ。ユキくんではなくてホッとしたような、残念なような。
「最近顔出せてなくてすみません。えっと……お店で何かありましたか?」
カヤさんが電話をかけてくるのは初めてだ。トラブルでもあったのではと、恐る恐る尋ねた。
「いいえ、お店の方はおかげさまで順調よ」
彼女は明るく否定した。ひとまずほっとしていると、ただね、と続いた。
「ユキくんの元気がないの。仕事はきちんとやっているけど、考え込んでいる時間が多いというか」
「それは……私のせいでしょうか」
「あなたに思い当たることがあるならね」
嫌味もなくさらりと言われ、言葉に詰まってしまった。カヤさんにはすべて見透かされているような気がして、ちょっと怖い。
「あさって、お店でクリスマスパーティーをするの。来られそう?」
「明日の夜に予定が入っているので、疲れていなければ」
はっきり行くとは答えられなくて、つい逃げ道を作ってしまった。
「わかったわ。仕事を頑張るのは良いことだけど、くれぐれも無理をしないようにね」
カヤさんの優しい言葉に申し訳なく思いながら、曖昧に返事をして電話を切った。
「クリスマスパーティーかあ」
しんと静まり返る住宅街の中で、ぽつりと呟く。きっと楽しいだろう。ユキくんがクリスマスソングを弾いてくれたりするかもしれない。想像するだけで心が躍った。
「会いたい……」
気づけば零れ落ちるように口にしていた。
彼が求めているのが姉だったとしても、私は彼と一緒にいたい。私のことを好きになってくれなくても構わない。人の顔色ばかり窺っている私が、誰かに対してそんな気持ちを抱いたのは初めてだった。
――だったら、やるべきことがあるんじゃない?
姉の励ましが無邪気に響く。あなたのせいで失恋しそうなのにと思うと、なんだかおかしくて笑った。
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