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「子供のころ、おばあちゃんに言われたの。私と玲奈は、二人で一人だって。玲奈はきっと一人でも大丈夫だったけど、私は今も子供の頃のまま。一人じゃ何も決められない。だって彼女といれば、迷うことも悩むこともなかったから。でも、玲奈はいなくなってしまった。……もう、わからなくなっちゃった。本当の自分って何? 私ってどんな性格で、どんな風に笑ってた? 何もわからないよ……」
鼻の奥がつんと痛んで、涙が滲む。言葉と一緒に、ぼろぼろと零れていく。こんな往来で突然泣き出して、ユキくんも困惑しているだろう。私だって、好きな人にこんな情けない姿を見られたくない。顔を伏せ、彼に背中を向けた。また逃げるの、と玲奈が咎める声を無視して、駆け出そうとした時だった。
「俺は、わかったことがあるよ」
ユキくんは確信に満ちた声で言い、私の正面に回り込んだ。彼の手が目元に伸びて、涙を拭う。ひんやりとした指が一瞬触れ、離れていった。
「誰かに求められたかったのは、孤独で、寂しかったからじゃないかな。家族がいなくなって寂しいのは当たり前のことだよ。でも今、小夜さんはどうにかそこから抜け出そうとしてる。迷ったり悩んだりするのは、ちゃんと前を向こうとしてるからだよ」
「そう……なのかな」
「俺にはそう見えるよ。初めて会った日、『別れの曲』を聞かせてもらった時から。玲奈さんの力を借りて、頑張って来てくれたんだね」
ユキくんの腕が私の肩を包み込むように伸び、気づくと抱き寄せられていた。コートを濡らしてしまうと思いながらも、あやすようにぽんぽんと触れる掌にさっきとは違う涙がこみ上げてくる。
「わからなかったら、また探せばいいんだよ。好きな曲とか、苦手な食べ物とか、楽しかった思い出とか。俺だって自分が何者かうまく説明できないけど、たぶんそういうささやかなことの一つ一つが、その人を作るんだ。心に蓋をしなければ、きっといつか見えてくる」
「うん……そうだね」
ユキくんの胸に顔をうずめながら、私は答えた。乾いた土に水が広がるように、胸がじんと温かくなっていく。
玲奈に依存していた私は、彼女のいない世界を直視しないことでどうにか毎日をやり過ごしていた。形は違えど、母も私もそれぞれ殻に閉じこもっていたのだ。初めのうちは、それでも良かった。まずはショックから立ち直らなければならなかったから。でも、そろそろ踏み出さなきゃ。思い出を大切にすることと、依存することは違う。
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