6.私のための小夜曲

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「こんにちは――」  恐る恐る「トッカータ」のドアを開けた途端、陽気なクリスマスソングが耳に飛び込んできた。ショールームのピアノが移動していつもより広くなったスペースに、楽器を持った人たちが立っている。楽器にはおよそ統一感がなく、ヴァイオリンにハーモニカに、タンバリン。小学生くらいの子が二人いて、それぞれカスタネットとリコーダーを手にしていた。それでもどうにかまとまっているのは、匠斗さんのピアノのおかげだろう。鈴の音どころではないにぎやかな「ジングルベル」は、最後に花火みたいに音が弾けて終わった。拍手や笑い声が響き、緊張していたはずの私も自然と笑顔で拍手をしていた。 「来てくれて嬉しいわ。玲奈さん……じゃなくて、ええと」 「小夜、です。ユキくんが話してくれたんですね」  頭を下げて謝ろうとする私を、カヤさんは微笑んで止めた。 「いいのよ。私も夫が亡くなった時、傍から見ればおかしなことばかりしたわ。でも、乗り越えるために必要だった。あなたも寂しくて、お姉さんを傍に感じていたかったのでしょう?」  騙していたはずのカヤさんから、こんなにも温かい言葉をかけてもらえるなんて思っていなかった。最近緩みがちな涙腺がまた決壊しそうなところを、楽しいパーティだからとどうにか踏みとどまった。 「ありがとうございます。私、『トッカータ』に来て、皆さんと出会えて本当に良かったです」  カヤさんは私の言葉に笑みを深めた。 「そう言ってもらえるのが、一番の喜びよ。さあ、あなたも何か演奏しない?」 「そうですね、じゃあ……」  ピアノの方を見ると、ちょうど匠斗さんと目が合った。椅子から立ち上がった彼は、私に譲るようにピアノを手で示す。 「匠斗さん、あの、私――」 「メリークリスマス。元気そうで良かったよ」  遮るように、匠斗さんが言う。彼もまた、謝罪なんていらないと笑うのだろう。本当に、二人とも私に甘すぎる。
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