6.私のための小夜曲

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「夕歌ちゃんに、言いたいことは言えた?」 「うん、名前のことを謝ったら励まされちゃった」 「彼女らしいね」  笑って言うユキくんに、その通りだと頷く。 「それでね、もしまだピアノの先生を探してるなら、やらせてほしいって言ったの」  ユキくんは意外そうに、軽く目を見張った。その反応は当然だろう。私だって、昨日まで考えもしなかった。  玲奈だったら、きっと何も躊躇せず引き受けただろう。やすやすと想像はついたのに、どうしてもやると言えなかった。人に教えた経験なんてないし、「先生」である以上責任が生じると思うと怖かったのだ。  でも、昨日の夜、帰りの電車に揺られている時ふいに決心がついた。ユキくんのおかげでようやく玲奈を解放してあげることができて、身軽になったからかもしれない。私は私なりに、不器用でも踏み出してみようと思えた。 「偶然居合わせただけだとしても、夕歌ちゃんは私を頼ってくれた。そう思ったら、どうにかして応えたいって思ったの。うまくできるかは、わからないけれど」  イメージだけならできている。私と玲奈にピアノの楽しさを教えてくれた、祖母の姿だ。上手に弾くには練習が必要だし、それを面倒と思うこともあるかもしれない。でも、ピアノを奏でるだけで毎日を輝かせることができる。あのワクワクする気持ちを、夕歌ちゃんにも知ってほしい。 「それで、夕歌ちゃんの答えは?」 「無事、採用されました」  おどけてピースサインをすると、ユキくんが拍手してくれた。 「夕歌ちゃんのひいおばあちゃんは老人ホームにいて、今度訪ねる時にピアノを聴いてもらいたいんだって。残念ながら、ひ孫のことは忘れちゃったみたいなんだけどね」  音楽鑑賞が趣味で特にピアノが好きだったから、喜んでくれるはずだという。そんな切実な理由があったのに、ずいぶん待たせてしまった。ちょっと申し訳なかったなと反省した。 「じゃあ来年になったら、小夜先生になるわけだ」 「それはちょっと恥ずかしいかも」  顔を見合わせて、二人で笑った。
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