悪魔との契約に必要なそれ

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 誰にも信じてはもらえないだろうが、私は意識不明で生死をさまよっている間、を自称する何かと出会い話をした。  その悪魔は全体がぼやけていて、シルエットは雲か煙か、形の無い靄だった。色は真っ黒でブラックホールのように実体があるのか分からない。目は左右に四つずつ、大きく開いた口であろう箇所は全体の半分を占めていた。  「お前は今から死ぬ。魂が体から離れ、あの世に連れていかれるのだ。」  空気があるのかもよく分からない場所で悪魔の声が聞こえた。  「あの世には何もない。もちろん、仕事も娯楽も人間もいない。いつ来るかも分からない転生の日まで、暗く冷く寂しい時間が無限に続く何もない場所だ。」  なぜだか悪魔の言うことは嘘ではないと思えた。それと同時に、あの世を想像して怖くなった。  「ただ、お前は運が良いことに悪魔である私に出会った。だから、生き返えらせてやろう。」  この世とあの世の境目で悪魔が人間を惑わすといえば怪しい契約と相場が決まっている。ただ、人間は恐怖を目の前にすると甘い言葉に弱い。  「そうだ、悪魔の契約というやつだ。なーに、不審に思うことはない。お前の魂やお前の家族の魂を食ってやろうって話じゃない。」  契約の対価が自分にとって大事なものじゃないのなら、なおさら。  「お前が殺すであろう100人の魂をもらう。」  私に生き返って100人の人間を殺してこい、とでも言うのか。  「いいや、お前は何もしなくていい。ただ、生き返っていつもと同じ日常を過ごせばいいのだ。」  悪魔には私が日常で100人もの人間を殺す殺人鬼にでも見えているのだろうか。  「誰もが間接的にでも人間が死ぬ原因に関わっているものだ。ただ、それに気がついていないだけで。」  戸惑う私に悪魔がニヤリと笑ったように見えた。  「どうだ、良い条件だろう。お前とは何の関係もない魂をもらうだけなのだから。」  自分とは関係のない魂と引き換えに生き返れる、悪魔という通り良い条件なのかもしれない。  「食われるであろう魂など、お前が気に病むことではない。死んだ後でも、私やお前の役に立てるんだ。きっと喜ばしいことだろう。」  そうだ、暗く冷たく寂しいあの世に行くはずの100人の魂と引き換えに1人の人間が生き返ることが出来るのなら喜ばしいことじゃないか。きっと私が100人の側でも同じことを望むさ。  「契約成立だ。」  そういって悪魔は私にフーっと息を吹きかけ、私は目を覚ました。 *****  それから私は悪魔の言う通り、いつもと変わらない日常を過ごした。生き返るまでとほとんど何も変わらない。  ただ一つ違うことは、到底自分とは関わりの無いことだと思っていた社会問題や交通事故で死者が出たというニュースを見るたびに、悪魔の言葉を思い出すことだ。  『誰もが間接的にでも人間が死ぬ原因に関わっているものだ。ただ、それに気がついていないだけで。』  この気持ち、この感じ、なんていうんだっけな……
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