勇者と魔法使いの微妙な関係

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            街の食事処&酒場  街にたどり着いたのは夕暮れ時だった。もうくたくた、足が棒。今、自分が止まっている安宿(食事などはなしで泊まるだけ)にしばらくの間は滞在するつもりだったのだ。 出入り口の受付には老婆がいた。 「あんたは何をやっている者かね?」 「・・・旅の商人です」 「商人? 何か売ってるのかね?」 「骨董・書画などの買付けに世界各地を周っております」 何度となく行っている自己の紹介であるのに、その度に胸が痛い。 『勇者』の称号を持つ自分であるのに、それを名乗ることができないでいる。 ちなみに、『勇者』の称号は、魔物など世界を混乱に陥れた怪物を倒した名誉ある者に対して、3か国以上の王が連名で推薦し、印が添えられた書状を持つ者だ。自分の記憶に間違いがなければ、現在は11名のはず。 その中の1人であるにもかかわらず、これを口にすることができない。 剣ですら、持ち歩いていると絡まれたり、頼られたりする危険性が高いので、自分は短刀を腰に差し、剣は荷の奥にしたためて出番がないようにしている。 『勇者』を名乗らないのもそのため。 腕自慢のバカどもに絡まれたくないし、助けなどを乞う一般的に弱者と思われる人々から、希望の目で見られたくもない。ようするに目立ちたくないのだ。 「では1週間の滞在ね、よい買い物ができるとよいねぇ」 「ありがとう」 商人であることを信じてくれた様子の受付の老婆に、1週間分の滞在費用を支払った。 その時にお腹がキュルキュルっと鳴る。 お腹が減った。さっさと食べて、今日はゆっくり眠りにつこう。 「すいません、近くに安くて、温かいご飯を出してくれる店あります?」 旅をする中で、敵を作らないよう、不審に思われないようにとの思いで、必死に作り上げた最高の笑顔を老婆に向けて聞いてみた。 宿屋の老婆の紹介で向かった食事処はなかなかの混み具合。 飯屋と酒場を併せ持った大衆向けの人気店であるようだ。 カウンターの隅が空いていたので、そこに腰かけ、入口に表示されていた「今日のおすすめ定食」を店員さんにお願いした。 お酒は頼まない。高いメニューも頼まない。お店では一番人気と思われるメニューを頼んで、サッと食べ、サッと出ていくことを心掛けている。 誰の記憶にも残らないように、できるだけ目立たぬようにして生きている。 もう自分は世界の「主人公」ではないのだ。いつ消えても誰にも記憶されない一般人の1人になったのだから、空気に、景色になるように心掛けている。 でないと、昔のようにやっていると、たぶん、すぐに面倒に巻き込まれてこの世界からはサヨナラだ。 「あいよっ、お待たせ」 ワンプレートにのった定食を、めちゃくちゃ体格が良く、右目に眼帯をした縮れ毛の中年男が持ってきてくれた。 注文を取ってくれた女ではなく、厨房の中からチラチラと自分の様子を伺っているような気がした、この店の主であろう眼帯男が、料理をわざわざ持ってきたということに、なんかちょっと悪い予感がしたんだ。 「ありがとう」 眼帯男に顔が見られないよう、俯きながら、料金を眼帯男の大きな掌の上に置いた。 「ん~っ?」 眼帯の縮れ毛、中年男は、遠慮なしに俯いている自分の顔をのぞき込んでくる。 悪い予感は高確率であたるもの。これはどうしてなのだろう? 「ねー。あんた、勇者様? レオンハルト様じゃねーの?」 「え? いや、そんな・・・」 縮れ毛、中年男の一つしかない目から涙が零れ落ちた。 (え・・? 誰だっけこの人? 思い出せない) 動悸がはやくなる。心臓の音が聞こえる。ヤバい。出よう。 「やっぱり勇者レオンハルト様だ。俺っすよ、俺。ラプラスの戦い覚えてますか?」 ラプラスの戦いは覚えてる。30近い魔物・魔獣が城を襲い、一時は陥落。集められた傭兵500をもって奪還できたものの、7割戦死という酷いものだった。 それなりに活躍したこともあり、自分の『勇者』推薦状にはラプラスの王の印もある。 「覚えてない? 俺、クルトのロガ、あんたに命を助けてもらったロガだよ」 「え・・?」わからない。覚えてない。あの頃は、恐いもの知らずだったから。呼ばれるがままに戦闘に加わって、向かってくるモノは全て叩き切っていただけだから。 「この目は、あの戦でやられたんでさぁ。重傷を負った俺を救護兵の所まで、運んでくれた命の恩人! 勇者レオンハルト様が俺の店に来てくれたよっ!! 今日は人生最高の日だっ!!」 店の中がざわつくのがわかる。 勇者なんて、そうそうお目にかかれるものじゃないから、基本、身元が割れたら、どこにいっても動物園の珍獣扱いになる。 (う・・。やめて。自分はただご飯が食べたいだけだから) 「レオンハルト様、お顔がふっくらしなすったから、一見してわからなかったけどさ、命の恩人の顔、俺は見間違えねーよ!!」 人助け? まぁ、そんなこともあったかもしれない。いったん引き上げる際に、余裕があるのなら重傷者を担いで退くことは、まま、あること。キラキラの防具を身に着けた貴族や金持ちの戦士を救ったなら、後にお礼をはずんでもらえるわけだから。 「おい、かぁちゃん、みんな来い! とうちゃんの命の恩人だ!!」 「いやいや、そんな」 厨房から奥さんや、父と同じように縮れた髪をした息子や娘がわらわらと出てきて、物珍しそうに自分を眺めた。 一通り挨拶をし終えたあとに、見た目、十代後半の息子が小声でつぶやく。 「勇者様って、あんまり強そうじゃねーのな」 ピクっと眼帯父の耳が動いた。 息子の首根っこをつかむと、出入口に向かって投げ飛ばす。 おおっ! っと店中がざわめく。 「勇者様に失礼なことを言うんじゃねー」 凄い力だ。流石は元戦士。っていうか、今でも、現役でいけるんじゃないかこの人は、って思うのだが。 「レオンハルト様はなぁ、セルフィナスの聖剣でもって、一刀両断に魔物を切り裂く、すんごい腕をもった勇者様なんだよ! 俺なんか足元にも及ばないぐらい、強えぇぇぇんだよっ!!」 あ・・・。なんか思い出した。ラプラスの戦い。 赤い派手な甲冑を身に着けていたから、とりあえず運んではみたものの、体躯がでかくて重いから、途中で、「もう無理、あきらめった」って、投げ出したような気がするんだけど、違ったか。 「勇者様、この街へは何しに?」 「レオンハルト様、御腰のものは? セルフィナスの聖剣はどうされました?」 夫婦から相次いで質問がとぶ。 「あ・・。自分、今、休暇中なんで。ちょっと疲れちゃって、身体を休めるために、世界をゆっくり旅してるわけ」 「マジっすか! お疲れですか!」 眼帯男は厨房に駆けていくと、瓶の中に蛇やトカゲやら、他にも何か妙な生き物がいっぱい入った酒瓶を抱えて戻ってくる。 カウンターにドンっと、あやしい酒瓶を置く。 「これをやってくださいよっ! たちまち元気回復!! 疲れなんてふっとびますよ! 今夜は一人じゃ寝れないよっ!!」 「え? いやいや、内臓も調子が悪くて。医者に酒は止められてるし」 「マジっすか!? じゃあ何か精力つくものをお作りしましょうか!」 「え? いやいや、そんな。このご飯だけで十分だから」 まだ、目の前に出された料理を一口も食べてない。せっかく熱々そうだったのに。美味しそうなのに。 そして、店内にいた大勢の客が、いつの間にかに自分の周りに集まっている。 うわぁ、これだから嫌なんだよ。勇者であること、ばれたら嫌な理由のひとつが、コレ。 立ち寄った店で、こんな場を作ってしまったら、ここにいる皆におごらなきゃいけないわけだ。そういうことしないと格好がつかなかったりする。 『勇者』は推薦をくれた王国から、毎年、年金がもらえるもの。自分もそう。基本、多くの勇者は金持ちだったりするわけで。自分は除くけど。 引きつった笑顔を作って、100ゴールド金貨を10枚、眼帯父に手渡す。4人家族がゆうに1年すごせる金額だ。 「これで、皆に飲ませてあげて」 眼帯父は両手を出して、うやうやしく金貨を受け取った。 奥さんが店外にも聞こえるように、大きな声をはりあげる。 「勇者様から、頂きましたーっ! 今宵は思いっきり飲んで、食べて、歌って、踊りな! 全部、勇者様の驕りだよっ!!」 おおっー!!! 店内が今宵一番の盛り上がり。 客の皆がお礼を言いつつ、自分に酒をつぎに来る。 料理が次々と前に並んだ。 賑やかな店内。客で溢れて入りきれない。さっきより、一段と増えている。 皆が酔い、叫び、歌い、踊る。 もう、疲れた。嫌だ。帰る。泣きたい。お金ない。 皆からの挨拶も終わった。 人々の酩酊度合いが深まった頃、持ち帰りができそうな食べ物を紙で包む。 そして一人、バレないようにそっと店を抜け出した。
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