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この男、どうやらまだ帰るつもりはないらしい。
こんな変な女の相手をしたって、何もいい事なんてないのに。もしかして、暇潰しの相手にされているのだろうか。
「…話したら、帰らせてくれますか」
「うん、いいよ」
すかさず返事をした彼の目は、嘘をついているようには見えなかった。
真っ直ぐ見据えられて、思わず息を呑む。この人の醸し出す空気、なんかちょっと、独特だ。
「…私、両親にはとても可愛がられて育ったんです。特に父は、私のことが何よりも大事で…」
気付けば勝手に口が動いていた。握っていたお酒の瓶に視線を落とし、父の顔を浮かべながらポツポツと話し始めた私に、目の前の男は「うん」と小さく相槌をうつ。
こんな話、初めて会った人に、しかもちょっと怪しい雰囲気の男に話すような内容じゃないのに。
どうせもう二度と会うことはないし。そう思うと、何もかもがどうでもよくなって、自然と言葉を紡いでいた。
「私があまりにも美人だからか、父は私に男が群がるのをとても嫌がりました。そのため、幼い頃から“お前の笑顔は世界中の男を虜にするから、男の前で絶対に笑ってはいけないよ”って言われ続けて」
「なかなか癖の強い親父さんだな」
「最初は男性の前だけで笑わないようにしてたんです。でも段々と疲れちゃって、いつしか誰の前でも笑わなくなって」
「…なるほどね」
「それでも寄ってくる男は山ほどいるんですけど、父は“俺が認めた男じゃないと交際は許さん”ってうるさくて」
「今まで認められた男いんの?」
「いえ、今のところ坂本龍馬以外考えられないと…」
「歴史上の人物」
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