01.転生未遂

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「とりあえず、それくらい大事に育てられました。就職先も、父にある会社をすすめられたりして…」 私の父は人情深いけど頑固なところもある。私が坂本龍馬以上の男を連れて来なければ、お見合いさせるとまで言っているくらいだ。 父が私に愛情を注いでくれているのは分かる。だから私も父のことが好きだし、尊敬もしている。けれど… 「でも私は、親に敷かれたレールを歩くだけの人生は嫌だなって思って、違う会社に就職しました。その会社でも勿論笑うことはなかったんですけど、こんな顔だから男性社員にチヤホヤされて、女性社員には妬まれ…」 「あー、そういう奴らいるね」 「それで、ある男性上司に言われたんです。世間を上手く渡るには、時には笑顔も必要だよって。だから私、初めてその上司に笑顔を見せました」 「うん」 「そしたら案の定、その上司は私に惚れて。しかも他の社員に“アイツは俺だけに特別に笑顔を見せた。だから俺に惚れてる”と言いふらし」 「うわぁ…」 「居心地が悪くなって、退職しました。今日が最終出勤日だったんです」 こうして話しているだけで、あの上司や周りの社員を思い出し、胸糞悪くなる。頭に浮かんだ顔を掻き消すように手に持っていたジーマを煽れば、目の前の男が「おお」と驚いたような声を零した。 そして「今日までよく頑張ったな。お疲れ」と誰もくれなかった労いの言葉を放つから、自然と目頭が熱くなり、慌てて顔を伏せ視線を落とした。
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