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「九条専務、お世話になっております」
展示会に着いた途端、休む暇なく色々な人に話しかけられる逸生さん。こういう場所へ来る度に、彼の顔の広さに驚かされる。
そして彼の話の引き出しの数は、一体いくつあるのだろう。さっき会った人にはキャンプの話をしていたのに、今はワインの話をしている。
逸生さんは私に出会ってから一度もキャンプに行ったとこなんてないし、ワインを好んで飲んでいるところも見たことないのに。その知識は、一体どこからやってくるのか。
「…専務、ほんと凄いっすね」
逸生さんが会話をしている様子を、少し離れたところで見ていると、隣の坂本さんが独り言のようにぽつりと呟いた。
「いつもあんな感じなんすか」
「はい。お相手の趣味も把握されているので、話し出すと長いです」
「…すげ」
クールな顔して、ポロッと本音を零した坂本さん。無愛想だけど、若いっていうのもあってかやっぱり可愛く見える。
少し生意気と言われる彼が、明らかに逸生さんに見惚れていて、何だか私まで嬉しくなった。
逸生さん、かっこいいよね。逸生さんのことが好きだと気付いてから、気を抜けば彼に見惚れてしまうから、彼の気持ちはよく分かる。
「でも専務って、昔は結構悪かったんですよね」
「…え?」
「従兄弟の兄ちゃんが、昔の専務のこと知ってて。親が金持ちだからって調子に乗ってるって、よく喧嘩売られてたって聞きました。しかも喧嘩も強かったらしくて」
「……」
「だからこの会社に入って初めて専務を見た時、衝撃受けたんすよね。全然そんな雰囲気なかったから」
小山さんから聞いていた。逸生さんは、昔はかなり荒れていたと。
でも私は今の逸生さんしか知らないし、別に昔の彼のことなんて気にしていなかったけれど、この辺では有名な話なのかもしれない。
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