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「あーなるほど。ちなみに俺のネクタイは大丈夫っすか」
「え?あ、少しズレてますね。ちょっと失礼します」
「こらこらこらこら」
坂本さんのネクタイに手を伸ばそうとすれば、すかさず割って入ってきた逸生さんの手がそれを制す。
「そんくらい便所行って自分で直せよ」と、珍しく上司らしい言葉を放った逸生さんに、坂本さんは表情を変えず「確かにそうですね」と零した。
今日の逸生さん、何だかいつもと様子が違うな。ここへ来てからひたすら色んな人に話しかけられているから、疲れが出ているのかも。
「専務、少し休まれますか?確か喫煙所がどこかに…」
「あ、九条専務じゃないですか!」
逸生さんをどこかへ避難させようとすれば、また声を掛けられる。
こういう時、彼の目を引く容姿はマイナスになる。
「お世話になっておりますー。実は専務に是非会っていただきたい人がいて。秘書さん、専務を少しお借りしても?」
そう私に尋ねてきたこの人物は、得意先の社長だ。私も面識があり、歳が逸生さんと近いためか、いつもふたりはフレンドリーに話している。
そんな彼に問い掛けられ、チラッと逸生さんに視線を向けた。その目が“助けて”と叫んでいるように見えたけれど、もちろん私に拒否権なんてないから「どうぞ」と返すしかなかった。
「だったら岬も一緒に…」
「すぐ終わりますから。さ、行きましょー」
逸生さんが何か言いかけたのを遮った社長は、逸生さんが逃げないように腕を掴む。咄嗟に私に視線を向けた彼に、私は小さく頭を下げた。
「(ごめんなさい)」
心の中で謝罪しながらもふたりのやり取りを見つめていれば、ふと肩に何かが触れた。
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