ふわふわの小動物

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ふわふわの小動物

立原 京は、ぼんやりとボスの後ろ姿を眺めながらコーヒーのプルトップを引き開けた。 時刻は午前9時半。 通常の会社員ならコーヒーブレイクには早い時間だ。 京が見ているのはビルの3階の中央、ガラス張りの事務所である。 彼のボスは深く椅子に腰掛けて、煙草をくゆらせていた。 あの事務所の中で働いているのは、その斜め向かいにデスクを置いた、彼の参謀だけである。 もう随分放置されている花壇の縁に座り、煙草をふかしながら、京の視線は椅子の背から覗くボスの頭から離れない。 ボスである霧島も京もヘビースモーカーだ。 煙草を吸わないのはあの部屋で参謀の村沢だけである。 「目が煙いんですよ…君外で吸ってもらえませんかね?…ここに君の仕事は無いでしょう?」 村沢は基本、パソコンと向き合っている。 この組の頭脳‎である彼が、その資本とも言える目に不具合を訴えては勝ち目は無い。 ひどいよなー。 絶対霧島さんの方が本数多いのに。 確かに、オレの仕事は外回りだし? けど、冬とか地獄なんだっての。 動き出すと素早い二人なのだ、自分に与えられた部屋でぬくぬくと一服していては置いて行かれる可能性がある。 という訳で今日も、京は霧島からの合図を見逃さない位置に座り込み、いつ終わるともわからない一服の時間を過ごしているのだ。 白に近い金髪に脱色した髪を風になびかせる彼は、今年25歳になる。 その体躯は今流行りの細マッチョと形容される部類だ。 どちらかと言えば童顔の、どこぞのビジュアル系のバンドマンでも通る中性的な顔は、人懐こい笑顔を絶やさない。 緊張感のない間延びした物言いは、いつも村沢に嫌な顔をされるのだが、こればかりは性分で直そうとも思わない。 そもそも、この仕事にTPOなど必要無いのだ。 いるのは、瞬発力と度胸と…躊躇のない暴力だけだ。 彼のボスには最近伴侶が出来た。 元々の表情と言葉の乏しさは変わらないが、纏う空気が柔らかくなった。 「いーなぁ、二人とも」 彼の右腕も時を同じくして唯一無二を見つけたらしい。 凍りつく様な冷笑がトレードマークだった彼が、先日事務所を訪れた彼女に向けた笑顔を見て、京は腰を抜かすかと思った。 花が綻ぶ微笑だった。 二人の伴侶は、街を歩けば男が振り返る美女だ。 その上中身まで良いオンナ。 「つまんねぇのー」 尊敬してやまないボスとその右腕の幸せは素直に嬉しい。 だけど…ちょっと置いていかれた感が否めないのだ。
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