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「ったく、いつまで待たせるんだよ! ちんたらやってんじゃねえよバカ!」
と言ったのは、英雄の前に並んでいた、小太りの中年男だった。レジの女性は謝りながら必死で手を動かしているが、男はそれでもまだ文句を言い続ける。
「やめろよ」
と、そう言ったのは英雄だった。彼は大胆にも、さらに続けて言う。
「さっきの風で片づけたりしなくちゃいけないんだから、レジの人が少なくなるのはしかたねえだろ」
次の瞬間、中年男は目を見開いてどなり声を上げた。
「ああっ? なんだこのガキッ! それが大人に対する口の利き方かっ!」
うっせえ! お前こそ口の利き方を直せよ! 大人だからってだけで、バカのクズにへぇこらする筋合いなんかねえ! と、かっとした英雄が言おうとしたところで、後ろから恵が口をはさんだ。
「すみませんっ! 弟が大変失礼しましたっ……! この子もいらいらしてて……」
彼女は英雄の頭を押さえつけながら平謝りする。英雄も男もおたがいに歯を食いしばって視線をそらすと、男ははき捨てるように言った。
「ったく……! ガキしつけとけっ!」
スーパーの外は相変わらず冬のように寒かったが、風は特別強いわけではなかった。英雄は駐輪場にとめた自分の自転車へと向かいながら、いまいましそうに恵に言う。
「……なんだよ、さっきのは。『弟』とか『この子』とか」
恵は鼻からちょっとため息をついてから、英雄を見下ろして言う。
「その方が、ややこしくなくて早いと思っただけだよ。ただの同級生が代わりに謝るのも、ちょっと変かなって。あんたねぇ~、気持ちは分かるけど、せめて敬語で……」
「ただの同級生が代わりに謝るなんて変だよな。フンッ。余計なお世話だ……!」
「何? あんたあのまま、あのオヤジとけんかしたかったとでも言うのっ? あんた、いっつもそれで痛い目見てるんじゃない!」
「うっせえなっ……! いっつもってなんだよっ!」
そう言ってから、英雄はしまったと思った。恵は指を折って数えながら言う。
「五年生の時は中学生とサッカーでモメたでしょ? それでクラブもやめちゃったし……。二年生の時は六年生の悪ガキにかみついた。幼稚園の時は……」
「う……。うっせえ! だまれよっ! だまらねえと……」
「だまらないと、何っ。わたしはあんたのこと――」
「なんだよっ!」
そこまで言って、恵も英雄も歯を食いしばったところで、道路の向こうからけたたましいバイクの音が聞こえてきた。
ブオンブオンブオンブオン! バリバリバリバリ!
暴走族だ。わけの分からない形のバイクが四、五台、ものすごい音とスピードでやってきて、にらみつける英雄の視線の先を通りすぎていく。英雄はこぶしをにぎりしめ、わめくように大声でさけんだ。
「うううっ……! うっせえっ! うっせえっ!」
バリンッ!
さけんだ直後に大きな音がして、英雄と恵は身をすくめた。見れば、スーパーの駐車場や道路の電灯がいくつも割れて、ガラスは散らばり、明かりは点かなくなっている。スーパーに出入りする客たちもざわついている。
(えっ……? なんだ、いきなり……。今これ、同時に全部割れた……?)
そう思ったのは英雄だが、恵の方でも、ほとんど同じように考えていた。彼女はしだいに恐ろしくなって、声をふるわせ気味にして言った。
「……英雄、帰ろ……」
英雄も恐さを感じないわけではなかったが、それより彼にはまだ先ほどの怒りがあって、突き放すように恵に言った。
「なんだよ、いっしょに帰るみたいな言い方して。すぐそこだろ? おれ、チャリだし」
「英雄っ……!」
英雄はそそくさと自転車にまたがると、一人で行ってしまった。夕闇がせまる中、恵は残されたまま、その場に立ちつくしていた。
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