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次の日。相変わらずの春休みのため、英雄はまた同じようにスーパーに来ていた。外の割れた電灯は、まだ最低限に片づけられているだけだ。
「あら、英雄くん」
買い物を終えて外に出ようとしたところで、英雄は声をかけられた。恵の母親だ。彼女は英雄と反対に、スーパーに入ろうとしていたところだった。
「英雄くん、久しぶりねえ。英雄くんもひょっとして、晩ごはんの買い物? 偶然ね~え。ひょっとして、英雄くんがごはん作るの?」
「あ……、いえ……。おそうざい買っただけです、今日は……」
英雄は決まり悪そうに言った。なぜ今日はおそうざいなのかと言うと、彼は昨日カレーを作ったものの、限りなく失敗に近いできになってしまい、当分料理はこりごりだと思ったからだ。野菜はかたく、ルーはダマが残り、やたら油っこかった。かくし味として入れてみたウスターソースも、親子には全然好みではなかった。
「えっと……、おばさん、恵は?」
英雄は話をそらそうとして、思わずそうたずねた。
「それがねえ、あの子、昨日の夜から気分が悪いみたいなの。母が言うには、昨日買い物して、帰ってきてかららしいの。あ、母っていうのは、わたしのダンナのお母さんね。あの子、ふだんは母といっしょに料理の手伝いもするんだけど、それもしないで部屋にこもっちゃって。食べる時に暗い顔して出てくるだけなのよ。今日も朝からそう。ほんとに暗い顔でねえ。ほとんどしゃべらないから分からないんだけど、熱とかはないみたい。病院行く?って聞いても『いい』って言うだけなのよ。でも心配でしょう? だからわたし、母もいるけど、一応今日、仕事休んだのよ。思春期特有のものなのかしら。それにしてもねえ」
しんぼう強く聞いていた英雄だったが、その顔は青ざめていた。彼は昨日恵を一人で帰らせたことを後悔しながら、彼女の母親にたずねた。
「ひょっとして……。昨日のっ、その、買い物の帰りに、何かあったんじゃ……」
「わたしもそう思って聞いたのよ。最近、子供が行方不明になる事件とか多いらしいじゃない? そうじゃなくても、痴漢とか。いやよねえ。だからわたし、だれかにひどいことされた? されそうになった?って聞いたの。でも、ちがうって言うのよ。あの言い方なら、多分ほんとに、そういうことじゃないんだと思う。まあそりゃ、母親だから。けど、じゃあどうしたの?ってたずねても、『なんでもない』としか言わないのよ。暗い顔して。なんでもなくなんかないじゃないの、ねえ」
英雄は少しは安心したものの、改めてまゆの間にしわを寄せて考えた。
(……まさかとは思うけど……。恵のやつ、おれが一人で帰っちゃったからって、そんなに落ちこむほど傷ついたってこと……? う……、ううーん……。あいつに限って、と思うけど……。しかたない。謝りに行くべきだよな……)
そんな風に彼が覚悟を決めたところで、恵の母が言った。
「そういえば。英雄くんの家、テレビはふつうに映る? うち、今朝から映らなくなっちゃったのよ。まだそんなに古いやつじゃないのよ? でもかえって最近は、新しい物の方がイマイチなのかしら。いやねえ。修理たのまないとダメかしら」
英雄は困り気味で答える。
「えっと……、うちはふつうに映ってましたけど……。それじゃあおれっ、帰りますっ。さようならっ……!」
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