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 英雄と恵の家は、となり同士だ。と言っても、恵の家は一軒家なのに対して、英雄の家は、そのとなりの敷地に建っている小さめのアパートの、二階の部屋だ。  幼いころは、英雄は恵や恵の弟たちと、家の前の道路や、恵の家の庭や、おたがいの家の中で、よくいっしょに遊んだものだった。しかし小学校に上がって間もなく、そういうことはなくなってしまった。 「恵っ……! 恵ーっ……!」  英雄は取り急ぎ買い物ぶくろを自分の家の玄関に入れると、アパートの二階の通路の手すりから身を乗り出して、恵の名を呼んだ。その場所は恵の部屋の、ちょうど向かいなのだ。  すでにあたりはうす暗くなっていて、恵の部屋にも明かりが点いている。が、彼女の反応はない。 (……聞こえねえのかな。早くしないと、おばさんが買い物終わって帰ってきちゃう……。ピンポン押して、恵のおばあさんが出てきたりしたら、まためんどうだし……) 「恵ーっ……! 恵ーっ!」  英雄は初めこそ他人に聞かれたくなくて声をおさえていたものの、しだいにいら立ちもあって、音量が大きくなっていた。  その時だった。恵の部屋の窓のカーテンがちょっと開いたかと思うと、彼女は手だけを見せて、窓ガラスに何か押しつけたのだ。 『うるさい』  それは、見開きの自由帳に書かれた、恵のなぐり書きの文字だった。英雄は言う。 「お前っ……、聞こえてるんじゃねえかっ……! 顔見せろよっ」  自由帳が下げられたと思うやいなや、すぐに別の文字がガラスに押しつけられた。 『いや』  英雄は思わず歯ぎしりしてから、大きく深呼吸して自分を落ち着かせて言った。 「……お前……。その……、お母さんから聞いた。昨日おれが置いてけぼりにしちゃって、そんなにショックに思うなんて、思わなかった。……ごめん」  ふたたび自由帳が下げられた。そして、続いてこんな文字が英雄の目に飛びこんできたのだ。 『ぜんぜんちがう ほっといて』 「なっ……! ならっ、どういうことなんだよっ! お母さん心配してたぞっ! 具合悪いなら具合悪いで、さっさと病院行けよ!」  だが、窓の文字は相変わらずこうだった。 『ぜんぜんちがう ほっといて』  英雄は怒った。 「恵っ! お前っ、ふざけてないで……」 と、その時だった。  バリンッ!  英雄の周りで音がして、アパートの通路や階段の電灯が、いっせいに割れたのだ。 「えっ……、またっ……? うわぁっ!」  彼はおどろきながら、後ろにのけぞった。見れば、彼がそれまでにぎりしめていたアパートの手すりが、どういうわけか両手の位置で、ぐにゃりとひしゃげていたからだ。 「なんなんだっ……? なんなんだこれっ……!」  英雄はうろたえながら周りを見回すが、自分以外の人影はなく、何かの気配を感じるわけでもない。感じるのは、ただただ得体の知れない恐怖だけだった。 「幽霊っ? 嘘だろっ? なんなんだよっ……!」 「……英雄っ……?」  英雄のただならぬ様子に気づいて、窓の向こうで恵が声をもらした。そして、その直後。  ガッシャァンッ!  激しい音がして、恵の部屋の窓ガラスが、粉々にくだけ散ったのだ。 「ヒッ……!」  恵は痛ましい悲鳴を上げた。即座に英雄も声を上げる。 「恵っ!」  その瞬間、彼の周りに突風が吹いて、風は恵の部屋のカーテンを押し開いた。 (なっ……、あいつ……!)  英雄は思った。カーテンが開いて見えた恵の部屋の中は、家具はたおれ、壁は傷つき、まるで大地震でもあったかのように、めちゃくちゃになっていたのだ。その中で立ちつくす恵の目は涙ではれ、口は言葉を失っている。 (まさかあいつ……、昨日から……! いや、でもっ、これはっ……)  英雄はそう思ってから、改めて自分の周りを見た。手すりは曲がり、電灯は割れ、ガラスの破片や小石やほこりは今、彼の近くだけふわふわと浮かび上がっている。  英雄は青い顔をして、ふたたび割れ窓の向こうの恵を見た。すると、どういうわけか、彼女は口を動かしていないのに、彼女がこんな風に言っているように聞こえたのだ。 (……まさか、英雄が……。ううんっ、英雄にも……!)  そしてそれと同時に、恵にも英雄の、口に出さない心の声が聞こえてきた。 (おい……、嘘だろ……? これってつまり、おれとあいつに……) (わたしだけじゃなく、英雄にも……) (おれと、『お前』に……!) (わたしと、『あんた』に……!) ((超能力が目覚めたってことっ?))
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