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 日比野英雄と出雲恵は、しばらくそのまま、向かい合って立ちつくしていた。おたがい言葉は発していないものの、頭の中をかけめぐる様々な思い、恐怖や不安、疑問やおろどきなどが相手に丸聞こえで、二人の耳、あるいは脳には、そうぞうしいほどだった。  しだいに二人のその心の声も混乱してわけが分からなくなり、周りの物や空気もふたたび異常な動きや音を見せ始めたところで、英雄が恵に言った。心の声ではなく、実際に口に出してだ。 「恵っ……! 落ち着けっ……! いったん落ち着くんだっ……!」  すると恵はいらだたしそうに言った。 「あんたっ……、これが落ち着いていられるのっ? すぐにでもなんとかしなくちゃいけないのに、どんどんひどくなってくのっ! あたしだって昨日からずっと自分に言い聞かせてたっ……! 落ち着け落ち着け落ち着け落ち着けって……! だけどこれは、ちょっとやそっとの落ち着きでどうこうなるわけじゃないの! 気持ちと関係がないとは言えないけど、見てたテレビがいきなり壊れたりだってするんだからっ……!」 「それでもっ……、落ち着いてないよりは、落ち着いてる方がましだろっ? 話もできる。とりあえず、一回下りて、出てこいよ。こことそこじゃ、声大きくしなくちゃいけねえし、目立つだろっ……?」  恵はまだ何か言いたそうにしていたが、英雄が視線を通路の方へと向けると、どういうわけか、心の声は聞こえなくなってしまった。いわゆるテレパシーというものとは、少しちがうようにも思える。  やがて、恵の家のドアが開いて、彼女が英雄の前に出てきた。二人の周りの異変も、一応はおさまったようだ。恵はなぜか着がえていたが、英雄は気にもかけず、顔をそらし気味にして言う。 「おばさん、買い物行っただろ? もうすぐ帰ってくるかもしれない。ちょっとその辺に行こうぜ」 「……行くって、どこに? 大通りには行けないよ。もし、走ってる車に何かあったら……、ううん、わたしたちが、何かしちゃったら、事故になっちゃう。うちの窓も割れたままだし……」  結局、二人は英雄のアパートのかげに、身をかくすようにして話をした。 「……超能力、だよな……?」  とまどいながら、英雄が恵に言った。恵は暗い顔をしつつ、英雄の顔を見ないようにして答える。 「……超能力、だろうね」 「妖怪のしわざ、って可能性は?」 「……あんたそれ、じょうだんで言ってるんだよね?」 「うっ、もちろん……!」  英雄は取りつくろったが、恵はため息をついて言った。 「妖怪とか幽霊とかじゃないでしょ、こんなの。例えそうだとしても、困ったことには変わりないし」 「……整理しようぜ。今まで、どんなことが起こった? 周りの物が急に壊れるだろ? 物が宙に浮いたり勝手に動いたりする、さわってた物がひん曲がる……」 「昨日、スーパーの中で吹いた風も、そうだと思う。多分、わたしがやった……。やたら握力が強くなった時もあって、そのせいでお気に入りのマグカップが割れちゃった。さわった物が燃えたりもあったし、それでけっこうやけどしたけど、三分後には治ってた。……あと、さっきのテレパシーみたいな」 「作った料理がおかしくなったりするのは? おれ、昨日カレー作ったけど、なんかうまくいかなかったし……」  英雄は大真面目に言ったが、恵はちょっとふき出した。 「それはあんたが失敗しただけでしょ? わたしがせっかくアドバイスしようとしたのに聞かないから」  言われて英雄がむっとした瞬間、向かいの家の木の枝が、メキッと音を立てて折れた。二人はふたたびうろたえる。 「うっ、また……! やっぱりちょっとでも怒るとだめなんだ。やっちまった……」 「ごめん、わたしの言い方が悪かった。それにあんたじゃなくて、わたしがやっちゃったのかもしれないし……」  二人はここで口をつぐんだが、しばらくしてふたたび恵が言った。 「……最近の変なニュースとかも……、だれかの超能力のせいで起こったこと、なんだよね……? 自然がおかしくなったわけじゃなくて……」 「……多分な。……それから、犯罪事件とかも……。不気味な事件、増えてるらしいじゃん。カエルがふるとかは、多分おれたちみたいに、だれかの超能力が勝手に暴走して、そういうことが起きたんだと思う。けど……、犯罪はちがう。中には暴走した超能力で、運悪く人を死なせちゃった事件もあるのかもしれない。けど、この力を自分でうまくあやつれるやつが、あえて悪事に使ってるってことが、ほんとは世の中で起こってるんじゃないか……? おれたちが、今まで知らなかっただけで……」 「そんな……。嘘でしょ……?」 「おれだって信じたくはねえよ……。けど、ふつうの人には信じられねえんだから、やるやつはいるだろ。証拠なんか出ないだろうし……」
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