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うちの子猫
ルーくんと名乗るこの男、小学生の頃からの私の写真だけ撮るストーカー、姿を見せない男。
たまに拓海が何かに鋭い視線を送ることがあった。あいつは変に目敏い。それでも最近は気配が遠いと言っていた。
「蕎麦屋に穢される前に葵ちゃんを保護できて良かった」
男の嬉しそうな言葉に寒気が走る。高校を卒業して、大輔さんとの関係も少し変わるのではないかという私の期待をこの男は知っていたのか?
「汚すって何だ? どのみちあなたには関係ない」
こいつ、あのファーストキス事件まで知っているのか。
「天使を女にするなんて大罪にも程がある。葵ちゃんは何も心配しなくていい」
話が噛み合わないが、ろくなことを考えていないことだけはわかる。意識して呼吸をする。ここで過呼吸を起こしては逃げられなくなる。
ここで終わるわけにはいかない。陽斗を逃さなきゃいけないし、私はこの男といたいわけじゃない。
私が会いたいのは大輔さんだけだ。大輔さんに会う前に終るわけには絶対にいかない。
「陽斗は開放して」
「葵ちゃんが車に乗ってくれたら」
「陽斗を開放しなければ乗らない」
車を前に睨み合う。集中しなければ、陽斗ごと車に乗せられてしまう。
スライドドアが開けられ、私は追い詰められる。
「さあ、乗って。僕たちだけの世界に行こう」
高らかに宣言し、私を後部座席に押し込もうとする男の腕には陽斗。
「グエッ」
男が呻いた瞬間、私は陽斗を奪い返して身を屈めた。男は後ろから伸びてきた腕が首にかかりそのまま持ち上げられ、後ろに引きずられる。
私を蹴り飛ばそうとする足も目の前を掠めた。
「大輔っ、そこまでだっ」
ワラワラと現れる警察官たちと男を軽く拘束する大男、大輔さん。私の会いたい人。
ぺたりと座り込んだ私を見て、男を警察官に引き渡すとすぐに駆け寄り、自分のコートを脱いで私にかけてくれた。
「遅くなって悪かった。メールを見て近くにいたからすぐに来たのだけど…、間に合って良かった」
車に押し込められそうになった時、男の向こうに大輔さんと警察官が見えた。大輔さんの強い目の光に安心しそうになる心を奮い立たせた。
「来てくれると思ってた」
昔、携帯電話に入れてもらった緊急連絡用アプリ。玄関でポケットに入れた携帯のアプリを立ち上げていた。
大輔さんはそれを見て駆けつけてくれて、連絡先になっていた知り合いの警察官が手配をしてくれたのだろう。
「うちの子猫を誘拐するなんざ、許されるわけないだろうが」
何かを喚く男に大輔さんが言い放つ。腕の中の陽斗が咳き込み始めた。
「陽斗?」
救急車が到着し、陽斗だけが先に搬送された。真っ青な顔に体が震える。
陽斗になにかあったらどうしたらいい?
「…傑が…」
「傑くんは保護しました。葵さんも救急車に」
「同行します」
男性救急隊員に不安を感じる前に大輔さんがサポートに入ってくれる。安心して、そこで意識が途切れた。
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