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きっかけは高校時代の同級生からの電話だった。大学を卒業して以降、就職もせず、色々な仕事を転々としていた僕の現状をどこかで知ったのか、面白い仕事があるんだけど、と彼は話しはじめた。そんなに仲の良い相手ではなかったけれど、面白い仕事、という言葉が僕の興味を惹いた。いまの一番の愛読書は、無料情報誌、というくらい新たな仕事に飢えている状態だったのだ。
「もし断るにしても、絶対に口外はしないで欲しいんだけど……」
「なんだよ、怪しい仕事か。もちろん誰にも言わないさ。でも明らかに怪しい感じの治験のバイトくらいなら何度もやったことがあるし、そのくらいなら驚かない自信はあるけどな。まぁ犯罪が絡んでいて、捕まる可能性がある、って分かってるなら断るよ」
「いや……怪しいことは否定しないけど、捕まる可能性はない。ただ命の危険がゼロとは言わない」
「なんか曖昧な言い方だな」
「曖昧な言い方しかできないんだよ。……ある人物を監視して欲しいんだ」
そして彼は、場所だけを告げた。隣県に住んでいる僕とは違い、彼はいまも地元に住んでいるのだろう。まぁ彼みたいなのんびりとした人間は、田舎でのほほんと暮らしているほうがお似合いだ。
彼の告げた場所は、岐阜県浅黄市だ。生まれてから高校までの期間を過ごしたところに、僕は卒業以来、久し振りに向かうことにした。捨てた故郷に対して、帰る、という言葉を使う気にはなれなかった。
岐阜へと向かう電車に揺られながら、僕が考えていたのは急に電話してきた高校時代の同級生のことだ。
友達だったか、と言えば、友達ではなかったはずだ。嫌いではなかったが、好きではなかった。そんな存在だった。だから電話越しに名前を告げられても、すぐに顔と名前が一致しなかった。特別何かに秀でたところはなくて、嫌いでも好きでもなかったけれど、下には見ていた記憶がある。
彼とはファミレスで待ち合わせをして、そこは僕たちの通っていた高校の生徒がよくたむろするところだった。僕も何度か同級生たちと一緒に行ったことはあったけれど、僕はあまり仲間内で集まって行動するのが好きではなく、決して回数は多くなかった。彼はその時の面子には入っていなかったはずだ。僕が比較的関わりの多かったグループの連中と彼は親和性が低かったのだ。
一度、そのグループの中で乱暴者だった宇野の恨みを買って、彼が殴られている光景を見たこともある。顔を腫らし、口の端から血を流す彼を見ながら、ひどく同情した記憶もあった。確か宇野の彼女が、結構タイプだと言ったとか、そんなのが理由だったはずだ。なんで、そんなことになったんだっけか。忘れてしまった。
「久し振り、山田」
「山崎だよ」
「あぁ悪い……」
僕は名前を間違えてしまい、山崎は眉間にしわを寄せていた。悪気があったわけでも、冗談が言いたかったわけでもない。気軽に名前を間違えてしまう程度の間柄なのだ。なんでその程度の関係性しかない僕に、仕事を依頼してきたんだろう、という気持ちもある。
「俺には、そもそもそれくらいの関係性の知り合いしかいないんだよ。それに、まぁお前はなんとなく受けてくれそうな気がしてな」
山崎が僕のことを、お前、と呼んだ時、なんだか不思議な気分になった。学生時代はこんなにフランクに呼び合っていただろうか。大人になるにつれて変化するパワーバランスをふとしたことで意識してしまって、変な気持ちになった。
まぁ、いいや、と僕は話を続けることにした。
「……そうか。で、さ。仕事の話だけど。監視、ってどういうことだよ」
この時点まで、僕は仕事の詳細についてまったく知らなかったし、改めて聞いたうえでも、何のためにそんなことするのかよく分からないままだった。
あるワンルームマンションにいる、とある人間を監視して欲しい。日数をはっきりと決まっていなくて、判断するのはその監視対象である。別に監視対象とコミュニケーションを取っても構わないし、取らなくても構わない。命の危険がないわけではないが、もし途中で嫌になったら逃げてもいいし、前金は返さなくても構わない。山崎から聞かされた話を要約すると、こんな感じだ。
常識的な判断をするなら、断るべき仕事だ、とはもちろん分かっていた。でも僕にまともな常識があったなら、こんな人生を歩むはずがない。
なんとなく受けてくれそうな気がした、という山崎の勘は正しい。電話がきた時点で、僕の中に断る選択肢はなくて、その気持ちは実際に彼に会って、話してみても、変わることはなかった。
高額の報酬は魅力的だったし、人間を監視するバイトがいったいどういうものなのか、実際に見てみたい、という好奇心もやはりあった。
そして僕は、姉にそっくりな女と出会った。
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