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三日が経った。たった三日だけど、体感時間はその倍くらいだ。あまり監視をしている気にはなれない。この檻の存在さえなければ、その事実を忘れて、同居と勘違いしてしまいそうなほどに。それは僕が彼女に、藍、を見ているからだ。
同じ空間に寝泊まりして、お互いにやり取りを交わす。買ってきたジャンクフードを檻に差し入れて一緒に食べたり、何か映画を、ということで、『遊星からの物体X』を借りてきて、ふたりでそれを観たり……と、彼女はつねに藍っぽい受け答えをして、僕はときおり、いやその生活の大部分で彼女が、愛、というまったく別の女性であることを忘れてしまう。
「きみは、私に誰を見ているの?」
僕はどきりとした。愛に、藍のことはひとつも伝えていない。だけど愛は、僕の心を見透かすようにそう言ったのだ。
「誰を、って……」
「いつも、そう。私にはすごく不満なの」これは藍の言葉らしくない、と思い、ふいに僕は夢から醒めたような気持ちになった。そして僕は、藍の先に愛が見えることこそ、不満だった。「私と話しながら、でも絶対に誰も私を見ない。私は、私。愛してるの、愛、だし、英語で言うなら、一人称の、I。それ以外のアイを、私に見るなんて、失礼だと思わない」
僕はポケットに手を入れて、事前に山崎から渡されていた檻の鍵を握る。
「知ってるよ」
「そうね、知っているかもしれないけど、でも分かってはいない。そしてそれをきみ自身が一番分かっている」
そうだ、やはり僕にとって、愛は、藍だ。いましゃべっている藍らしさの消えた愛こそ異質だった。
「ごめんね。言い過ぎた。きみだけじゃないのに、ね。私と会ったひとはみんなそうだから気にしないで、きみだけが特別じゃない」特別じゃない。そんな言葉が胸に突き刺さる。「みんな私を見ると、そこにもっともそのひとが見たくないひとが見えるらしいの。見たくない、と言っても、理由は色々。大嫌いな相手の可能性もあるし、愛憎半ばする想いを抱えた相手かもしれない。不義理をした相手の可能性だって、もちろんね。きみは誰を見て、そこに何を感じてるの?」
藍……。
愛の言葉が本当かどうかは分からない。でも僕の人生でもっとも見たくない相手がいるとしたら、確かにそれは藍以外には考えられない。
彼女が、ちいさく笑う。
その雰囲気は愛から藍に戻っている。たぶんその変化は僕にしか分からない些細なものだ。
やっぱり彼女からは罪のにおいがする。
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