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参
「結局こいつも駄目だったな。山田」
「山崎だよ」
俺はその残忍な笑みを見ながら、内心で、そっと息を吐く。ワンルームマンションの一室にいて、そこには檻があり、中には険しい目つきの男がいる。かつて俺が死に追いやった男だ。
「まったく……俺の存在をちゃんと見てくれるやつ、ってのはいないのかな。まぁもともと殺す予定だったから、いいんだけど、な」
部屋の端には死体がある。俺と、俺の目の前にいる男にとって、この死体になってしまった彼は、かつての同級生にあたる。
「後で処理しないと……」
「別にそのままでいいさ。どうせこの部屋に入ったやつは、大抵死ぬんだから」
「俺は生きているじゃないか」
「お前は例外だよ。はじめに会った時、お前は俺自身を見てくれたからな」
「理由は俺にも分からないんだけど……」
確かにはじめてその姿を見た時、彼は女性だった。見たこともない、とても美しい女性で、彼は僕の反応を面白がったのだ。あなたは私自身を見てくれるわけだ、と。彼の姿がそのひとにとって一番見たくない存在になることを知ったのはそのあとのことだ。彼と呼ぶべきか彼女と呼ぶべきか、もう俺自身判断が付かなくなっているから、とりあえず、彼、と呼ぶことにしている。
もともといわくのあるマンションに俺が行くことになったのは、同僚との話がきっかけだった。行方不明者がよく出る、というそのマンションの噂を聞いて、その話の流れで、度胸試しに、そこに行くことになったのだ。そこで出会ったのが、檻の中にいる彼で、きっと俺が最初から一番見たくない相手を彼に見ていたら、俺もいま部屋の端で死体となっているあいつのようになっていただろう。
だけど俺は、まったく知らない女を彼に見て、それが彼の興味を惹いたのか、
「せっかくの縁だから、何か願い事でも叶えてやろうかな」
と人知を超えた存在は、俺にそう言ったのだ。
そして思い付いたのが、高校時代の復讐だった。高校時代、俺をずっと苦しめてきた宇野とそのグループにいたやつらを、と。俺は彼らから三年間に渡って、嫌がらせを受けた。だから……。あいつらを殺して欲しい。でもただ殺すだけじゃ満足できない。それが俺の願いだ、と彼に伝えた。
頭の悪い彼らは、多額の報酬に簡単につられた。
そしてひとり、またひとり、とこの部屋で彼らは死体になった。死体になるたびに、彼の顔は、俺の復讐によって死んだ者の顔に変わっていき、いまはそのグループの中で最後に死んだ宇野の顔になっている。
もっとも見たくない顔は、俺にとって憎しみと罪の意識が混ざった奇妙な感情から来るのかもしれない。
もうすでに俺も、彼本来の顔が分からなくなっていることに、彼も気付いているはずだ。俺も彼らと同じく死体になる覚悟はできている。人を呪わば穴二つ、だ。
だけどここまできた以上、途中で止めることはできない。
あと復讐相手はひとりだったからだ。そしてその男もいまそこで骸になっている。
おどおどして八方美人で、だが卑怯な男だった。宇野に、お前の彼女が山崎のこと好きなんだって、と嘘を言って、俺があのグループから嫌がらせを受けるきっかけをつくったのも、こいつだ。そのあとよく、こいつは宇野のグループとつるむようになったから、宇野に取り入るために、俺を共通敵にしようとしたのだろう。
宇野以上に許せないのが、こいつだ。
俺は死体を蹴りつけた。
笑い声が聞こえて、背後の檻へと振り返ると、やっぱり彼の顔は変わっていた。きっとこれが俺の見る、彼の最後の顔だろう。
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