15人が本棚に入れています
本棚に追加
序幕~残夏の屋上
ずっと夢見ていた。
見渡す限り青い空、学校の屋上。目の前には、大好きな人。
彼は私の目をしっかりと見て「好きだ」と告げる。
私は一秒も待てずに、同じ気持ちだと答える。
そんなすてきな、マンガみたいなことが起こったらいい。
友達にも言えなかったけれど、高校生になってもひっそり、頭の中で思い描いてきた。
高校一年の九月、まさに今、現在進行形で、理想の半分が現実になっていた。
同じ野球部で、選手の中では一番応援してきた瀬戸内くんに、私は呼び出された。なんでもない普通の昼休みに、教室の入口から声を掛けられて。
連れ出された先は屋上。太陽が真上にあり、よく晴れていた。見上げると目がくらむほどまぶしくて、手を近づける。腕を下ろすと、前を歩いていた彼が、止まって私を見つめていた。
身体がどんどん私の方を向いて、長い手足や頼り甲斐のある肩幅、バランスのいい長身があらわになった。
日差しのせいか、太めの眉は少し切なげだ。
「宮元」
いつも通り苗字を呼ばれただけなのに、心臓が激しく騒いだ。
「いや、宮元 桜さん」
ものすごく丁寧な言い直し。私がマネージャーになって以降、ううん、高校で初めて出会ってから今まで、彼からさん付けで呼ばれたことはたぶん、なかった。
うれしくて、口の中が渇いて、すぐに言葉が出てこない。
「俺と付き合ってください」
瀬戸内くんは目も逸らさずにはっきりとそう言っている。私は胸いっぱい空気を送り込んでから、息を止める。
「どうしたの急に」
「おためしで付き合うっていうのが、世の中には、あるって聞いた。そういう、試しで構わない。彼氏にしてほしくて」
彼は節ばった指で、首の後ろの短い毛を掻いている。照れているのかな、意外で、かわいい。普段から堂々としていて、学校じゅうにファンがたくさんいて、野球でも期待されている。そんな瀬戸内くんから面と向かって、一対一で、告白を受けている。暑すぎて、夢の国に迷い込んでしまったのかも? 私は自分の頭の中が心配になった。
(そもそも、私でいいの?)
地味だと思っている黒い、長い髪に、あわてて両手の指を通す。
おためしと言ったって、私は誰とも付き合ったことがない。瀬戸内くんの口ぶりからすると、向こうもたくさんの女の子と交際してきた感じじゃなさそうだ。相手が私で、本当にいいんだろうか。もしかして、経験豊富だと勘違いされているとか?
たっぷり一分ぐらい、黙っていたと思う。彼の片眉がわずかに上がった。
「どうなんだろう、返事」
一歩、二歩、こちらに近づいてくる。足音がする。影も近づいてきている。午後の授業前の予鈴が鳴った。
どこかでセミが鳴き出した。夢じゃ、ないんだ。
ああもう、心臓が高鳴りすぎて、死んでしまいそう。
――――あとは私から『はいもちろん! うれしい、よろこんで!』と伝えるだけ。
私は心を決めたあと口を開き、
「無理です」
と頭を横に振った。
最初のコメントを投稿しよう!