序幕~残夏の屋上

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序幕~残夏の屋上

 ずっと夢見ていた。  見渡す限り青い空、学校の屋上。目の前には、大好きな人。  彼は私の目をしっかりと見て「好きだ」と告げる。  私は一秒も待てずに、同じ気持ちだと答える。  そんなすてきな、マンガみたいなことが起こったらいい。  友達にも言えなかったけれど、高校生になってもひっそり、頭の中で思い描いてきた。  高校一年の九月、まさに今、現在進行形で、理想の半分が現実になっていた。  同じ野球部で、選手の中では一番応援してきた瀬戸内(せとうち)くんに、私は呼び出された。なんでもない普通の昼休みに、教室の入口から声を掛けられて。  連れ出された先は屋上。太陽が真上にあり、よく晴れていた。見上げると目がくらむほどまぶしくて、手を近づける。腕を下ろすと、前を歩いていた彼が、止まって私を見つめていた。  身体がどんどん私の方を向いて、長い手足や頼り甲斐のある肩幅、バランスのいい長身があらわになった。  日差しのせいか、太めの眉は少し切なげだ。 「宮元(みやもと)」  いつも通り苗字を呼ばれただけなのに、心臓が激しく騒いだ。 「いや、宮元(みやもと) (さくら)さん」  ものすごく丁寧な言い直し。私がマネージャーになって以降、ううん、高校で初めて出会ってから今まで、彼からさん付けで呼ばれたことはたぶん、なかった。  うれしくて、口の中が渇いて、すぐに言葉が出てこない。 「俺と付き合ってください」  瀬戸内くんは目も逸らさずにはっきりとそう言っている。私は胸いっぱい空気を送り込んでから、息を止める。 「どうしたの急に」 「おためしで付き合うっていうのが、世の中には、あるって聞いた。そういう、試しで構わない。彼氏にしてほしくて」  彼は節ばった指で、首の後ろの短い毛を掻いている。照れているのかな、意外で、かわいい。普段から堂々としていて、学校じゅうにファンがたくさんいて、野球でも期待されている。そんな瀬戸内くんから面と向かって、一対一で、告白を受けている。暑すぎて、夢の国に迷い込んでしまったのかも? 私は自分の頭の中が心配になった。 (そもそも、私でいいの?)  地味だと思っている黒い、長い髪に、あわてて両手の指を通す。  おためしと言ったって、私は誰とも付き合ったことがない。瀬戸内くんの口ぶりからすると、向こうもたくさんの女の子と交際してきた感じじゃなさそうだ。相手が私で、本当にいいんだろうか。もしかして、経験豊富だと勘違いされているとか?  たっぷり一分ぐらい、黙っていたと思う。彼の片眉がわずかに上がった。 「どうなんだろう、返事」  一歩、二歩、こちらに近づいてくる。足音がする。影も近づいてきている。午後の授業前の予鈴が鳴った。  どこかでセミが鳴き出した。夢じゃ、ないんだ。  ああもう、心臓が高鳴りすぎて、死んでしまいそう。  ――――あとは私から『はいもちろん! うれしい、よろこんで!』と伝えるだけ。  私は心を決めたあと口を開き、 「無理です」  と頭を横に振った。
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