その1

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「私が街でキスしてる最中の写真を、新聞部に撮られたの。来週発行の学校新聞に載せるって、さっき部長から話があった。 おそらくデジカメだから拡散しないように、データを取り返してきて」  私、来月も読モの仕事入ってるから。活動に支障が出たら困る。  彼女は一方的な要求だけして、腕組みを決め込んだ。 「野球部ってやたらと校内で幅きかせてるでしょ。なんとかしてよ。上級生だってあんたらの言うことなら、ホイホイ聞きそうだし」  つまり早い話、野球部はこわくて存在感があるから、写真の撮影者およびデータの持ち主である部長さんを説得してこいとのことだった。  そりゃあ野球部員の中でも二年生や、引退した三年生には、粗雑な人や言動に問題のある人もいる。まぁごく一部、一年生にも。  でも瀬戸内くんは違う。恋人としてひいき目で見ているわけじゃなくて。基本は礼儀正しいし、他人を威圧する性格でもない。 (新田さんのお願い事には、不向きなんじゃないかな)  野球部というだけで一くくりにされたことに、今回ばかりは複雑な気持ちが募る。 「わかった」  ずっと黙っていた瀬戸内くんが、突然しゃべり出した。  驚いて振り返った私だけじゃなく、新田さんも息を呑む気配がした。 「新田、だったか。新田が映ってるその写真を、元データごと、取り返してくればいいんだろ」 「あ、あんたできるの本当に」 「そうだよ瀬戸内くん、安請け合いは良くない」 「大丈夫。まかせて」  彼は私に対して、極々おだやかな口調で言ったあと、また新田さんと向き合う。 「やれるところまでやると約束する。  宮元は野球部の方でやることが山ほどある。あまり長い時間、この件で拘束させたくない。  新田の願いが叶ったら宮元に二度と絡むな。それが条件だ」  って、私がうれしくなるようなことまで、言ってくれちゃってさ! 「うふっふふふふ……はっ」  昨日の回想に浸っていると、私は変な笑い方をしている自分に気づいた。夢実と茅織ちゃんのいる位置は変わっていないのに、遠くなったような気持ちがするのはなぜ。  とはいえ、私が彼とのやりとりを思い出して笑顔になるのは、入学当初からもう『あるある』なので、二人は早々に気を取り直してくれた。夢実が咳払いをしつつ苦々しい目で私を見る。 「まぁ桜に幸せなことがあったのは、見てわかったけど……で、写真の何が問題なの?」  私は口をつぐんだ。昨日、瀬戸内くんの提案に乗った新田さんは、解散する直前、 『写真の内容、他の誰かにバラしたら、ただじゃおかないからね』  と、念を押していったんだった。キス写真の話題が、これ以上誰かに広まっても、気分のいいものじゃないだろう。親友の二人にも話せず、私は心苦しかった。肩を狭めて下を見る。
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