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空気を読み取ったのか、茅織ちゃんが一歩前に出てきた。
「話せない事情があるみたいね。あまりつっこむものじゃないよ、夢実ちゃん」
「ごめんね」
夢実が何も言わないので、私は自ら謝る。
そのタイミングで、とても微弱な音だったけれど、誰かのスマホが振動を始めた。学校は屋上であってももちろんスマホ厳禁だ。もちろん私たち三人は互いを見咎めたりしない。
やがて茅織ちゃんがスカートのポケットに手をやり、
「おやおや、私だ」
本型ケースに入ったスマホを取り出すと、通話のアイコンを押してフェンスいっぱいまで走っていった。元気よく返事をしているのが時おり聞こえる。私はその後ろ姿を見守った。夢実もおでこを掻いたあと、同じように顔を上げる。
茅織ちゃんが手を振りながら戻ってきた。
「話の途中に失礼しましたー。部の方で人手が足りないみたいで、今から行ってくる! 公演、乞うご期待だよーっ!」
私たちに合流する前に笑顔のまま、直角に曲がり、扉に向けて進路を変えた。「じゃーねーっ」と聞こえてくるので「がんばってねー!」と私も手を振る。
茅織ちゃんは演劇部員だ。演じるのも携わるのも高校からだというけれど、今は脚本を書いている。成績も三人の中では一番だし、本当に努力家。
一か月後に、私たちは里商生になって初の文化祭を迎える。特に演劇部は体育館でのステージ公演を控えている。これからもっともっと、忙しくなってゆくんだろうなぁ。
私は自分より高いところにある、夢実の目元をおそるおそる見やる。向こうは既に私を横目で凝視している。思わず首をすくめた。
前から『理由なんかない』と言うけれど、夢実はどうも瀬戸内くんへの評価が厳しい。ノロケれば聞いてくれるけれど。相槌も打ってくれるけれど。
(彼のこと、嫌いなのかなぁ)
「茅織行っちゃったからストレートに聞くけど、桜」
「は、はい」
「さっきの新田の謎相談、受けたんじゃないよね。野球部だって練習で暇じゃないんだし、断ったんだよね」
「……瀬戸内くんが二つ返事で引き受けちゃいましたぁ。今日から解決のため動くって」
私は消えかけの声で答えた。
「瀬戸内、あンのお人好し!」
対照的に夢実は吠える。反動で私の背すじはピッと伸びた。
(確かにそう。瀬戸内くんの練習量が激減! なんて事態は、どうしても避けなくっちゃ)
彼はエースピッチャー候補の一人だし。私は駆け出しでもマネージャーだし。というか、付き合ってるんだし!
そして今は、まだ、時間がかかるかもしれないけれど。
親友の夢実にもいつか、私の大事な人について正しく、伝わったらうれしいと思っている。
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