その2

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その2

 昼休みも終わりかけ、五時間目古文の準備をするため、係の夢実とは階段を下る途中で別れた。私は一階まで下りながら、文化祭に向け人の流れがすっかり変わったなと感じていた。  野球部は当日、近所の公立高校を招いて試合をするのが恒例になっている。でもベンチを含めたメンバー全員が、二年生でほぼ埋まるので、駐車場整理などの雑務に回される一年もいる。  私も入口であいさつとプログラム配りだ。雑務は出し物のない運動部共通で担当するので、夢実も確か手伝いだと言っていた。 (役割のある茅織ちゃんて、すごくない?)  彼女が部内で脚本を書くようになったのは、前任の先輩が急遽、退部したから。文化祭での公演は二作目。記念すべき一作目は、夏休みの合宿で演じるために書いた短編。私に脚本の知識はないけれど、内容が好きだった。今でも覚えている。  演劇部と野球部の部室は近いので、茅織ちゃんたちの『流し読み』に加わったことがある。  登場人物五人の場面に、その放課後は委員会活動で遅れた人がいて、私は一番セリフの少ない役を宛がってもらった。女子ばかり五人、なごやかに制服のまま、輪になって座り台本を音読する。  題材は『ローエングリン』っていう、本来は難解な歌劇をベースにしたんだと、茅織ちゃんは言っていた。  恋愛モノだと知って、先が気になってしまい、解説をお願いした。お嬢様のエルザと騎士ローエングリン、二人以外には呪いや変身の魔法がかかっていて、悪役との剣を使った対決もある。最後は、登場人物全員が死ぬかいなくなるかっていう、めずらしい物語らしいんだけど、 『そこを笑える・納得できる新解釈ストーリーに書き換えました♪』  と話す茅織ちゃんは頼もしかった。  夏休みは実際、合宿の日程も重なったので、旧体育館で終盤まで見せてもらった。だから余計、心に残っているのかもしれない。ちなみに文化祭では『シンデレラかく語りき』という演目を披露してくれるそうだ。こちらもたのしみ。  教室のそばまでやってきて、野球部の群れを発見した。ワイシャツ姿の瀬戸内くんは、背が高いせいもあり、すぐに見つけられる。声もよく通るから、目立つのだ。先頭に立ってはしゃぐタイプじゃないけれど、私と同じクラスの須田(すだ)くんの隣で、にこやかに話に加わっていた。  須田くんは私と瀬戸内くんの中間ぐらいの背丈で、キャッチャーのレギュラーを目指している。身体や腕に厚みがある。ドッと笑いが起こる中、その腕で瀬戸内くんの背中に、何度か軽く触れて笑っていた。  ピッチャーって腕や肩に触られるのを嫌がる。投げられなくなったら困るし、まさに生命線だからだ。野球部外の男子はたまに、何も考えずにもたれかかったり、引っ張ったりするところを見かけるけれど、須田くんはそういう点をよくわかっている。普段から気づかいのできるいい奴なんだ。  みんなでどんな話をしているのかも、気になったのだけど、 「瀬戸内くん、ちょっといい?」  私は毅然と声を掛けた。
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