その1

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その1

 瀬戸内くんからの『付き合って』は冗談でもなんでもなかったらしく、部活中も特に撤回されることなく、私は家に帰った。  ごはんを食べている時も、お風呂に入っている時も、屋上でのやりとりを思い出すだけで身体が火照る。騒がしい家族の話がほとんど耳に残らなかった。  のぼせそうな思いでふとんに横になった。なかなか寝つけるはずがない。 「っくしゅん」  翌朝、くしゃみをしたはずみで目が覚めた。カーテンのすき間から日が差している。枕元で充電中のスマホに手を伸ばした。五時二十八分。目覚まし発動の二分前。なんだかんだ、四時間くらいは寝たみたいだ。  私は大音量の目覚ましが今日は鳴らないよう、機能をオフにした。枕方向に手を出した状態で、身体を丸めてふとんに顔をうずめる。  今朝は昨日よりもやや肌寒い。 (起きなきゃ。朝練、行かないと)  七時半スタートの朝練に合流するため、家の遠い私は六時半に自転車で出発する。着替えて、ごはんと、お弁当の準備。お母さんはもう起きているかな。  寝不足で一分ほど閉じていた目を開いた。スマホのアプリが、メッセージを受信する音が聞こえたからだ。  もぞもぞと起き出して手の中の画面を見た瞬間、あやうく取り落としそうになった。引き合う磁石みたいな速さで反対の手も出し、両手でスマホを包み込む。 「ゆっ夢?」  私は眠気が吹き飛ぶのを感じた。しつこくまばたきをして表示を見つめる。瀬戸内くんからメッセージが届いている。  瀬戸内 夾助 『おはよう。今日ちょっと寒いな。学校、サマーセーター着てく?』  わー! わー! と、ふとんの中に向けて小声で叫んだ。嘘みたい。だって、部の業務連絡で一、二回しかやりとりしたことのなかった瀬戸内くんから、野球以外の内容で質問が来ている。これも業務連絡ぽいと言えばぽいけど。 (返信だ!)  ふとんを放り出して、返信画面に切り替え指で打つ。あせる。ええと。膝に押しつけている胸が、ドキドキいっている。長文は打てそうにない。 『おはゆえう』 「落ち着いてーっ」  自分に呼びかけている間にも指先が汗ばんでくる。 『おはよう、寒いね。サマーセーター着てこうかな』  コピペしたような文面だけど、今の私には精いっぱいだ。相当混乱しているらしくて、送信アイコンの上で指が迷子になった。深呼吸して、えい、送信。しんとした部屋が舞い戻ってくる。その隙にベッドを抜け出し、制服のブラウスに手を伸ばした。  二分ほどして着信音が鳴った。襟元にネクタイを巻きつけていた私は、スマホの元に急ぐ。 『じゃあ俺もそうする』  と、拳から親指を出した絵文字。もだえ死にしそうになって、小さくした身体を左右に振る。 (もう少し、送ってもいいかな)  スマホと向き合い、いつの間にか笑顔になって、私は液晶画面をタップする。 『今日も朝練、がんばろうね』 『がんばろう』  既読になった直後の返信。たまらなく幸せだ。
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