その1

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 カレンダーがもうすぐ十月に入ろうというところで、私は放課後の補習に呼ばれた。カバンを肩に掛け、のろのろと教室を出る。  廊下を歩きながらため息をついた。肩から持ち手がズレ落ちてきていたので、引っ張って直す。跳ねたカバンから『ぞろっ』という、珠の動く軽い音が聞こえた。  入学するまでわからなかった、県立里山(さとやま)商業高校への誤解、その一。珠算の授業がある。  珠算、つまりソロバンだ。この令和の時代に。とっくに電卓の授業に切り替わっていると思っていた。  勉強が特別できる方かと聞かれたら違うけれど、珠算はもっと、ニガテ。入学したての頃、珠の動かし方を頭でいちいち考えながら、ソロバンに向かっていた。珠算ってそういうものじゃない。指で、覚えるものだ。小学生の内に教室に通わせてもらえばよかった。  珠算の授業やテストは、暗算でもできそうな計算式を、ソロバンで弾いて解く。春よりはだいぶ計算のスピードが出てきたけれど、先週の小テストの点数がイマイチだったせいか、補習メンバーに選ばれていた。 (自分なりに一生けんめい、やってるんだけどなぁ)  成果が表れるまでの期間っていうのは、つらい。ちなみに来年入学してくる一年生からは、珠算の授業がなくなるんだそう。悲劇。  などと、取り止めのないことを考えている間に、商業科目用の実践室に到着した。 「失礼しまーす……」  私は消えそうな声であいさつしながら、教室後方の扉を横に滑らせた。  二階の、普段は空き教室に生徒が詰めかけている。自分と同じ四組だけでなく、一組から八組までの補習該当者がぐっと集められているらしい。ぱっと見た感じ、女子が多い。  里山商業高校への誤解、その二。全校生徒の七割が女子。男子系の部活が盛んだから、女子の方が少数なのかと思っていた。  室内の前の席に女子がまとまって座っていて、後ろにぽつぽつと男子の姿があった。もう席は数えるほどしか残っておらず、私は近くの余っている机に荷物を下ろした。  座ってイスを引く。私が使ったのと同じ扉から、誰かが入ってきた。
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