その1

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 大物、大統領。  男子が付けた瀬戸内くんのあだ名って、入学当初、そんなのだったなと思い出す。  背が高いのもあるけれど、いつだってどっしり構えていて、高校生らしくないというか。顔が大人びている割に爆弾発言が多くて、言った側は気づいていないこともしばしば。  そういえば最近知ったけれど、一人っ子でもあるそう。弟が二人いる私とは距離感が違って当然かもしれない。  なんて、考えながら弾き終えた一枚目のプリントは、八十七点だった。合格ラインは八十点。先生のいる教卓で採点を受け「はい宮元、ちょっと休憩な。二枚目もガンバレよ」と軽く送り出された私は、元の席に戻った。隣の瀬戸内くんは、まだ手元でパチパチと音を立て、プリントに向き合っている。  でも私には、気配でわかった。彼は誰よりも早く一周目の計算を終え、検算に入っている。プリントは全問びっしりと答えで埋まっている。 (打つの速くて、いいなぁ。手もほれぼれするぐらい大きいんだよね)  他の人の邪魔にならないよう、ハンカチを持って近い方の扉から廊下に出た。  手を洗おうと、一番近い水道を目指した。日差しがたっぷりの鉄筋の道には、細い風が吹き抜ける。グラウンドは、校舎を一つ挟んだ向こう側なのに、野球部の掛け声がこだましている。私も早くみんなのところに行かなきゃ。気ばかりがあせる。  瀬戸内くんが珠算の補習に現れたのは、今日で三回目。それも、付き合うことになってから数え始めて、だ。全部、保護者みたいに居残りの私についてきた。 『部の練習行った方がいいよ。何してるの』  初めて補習に帯同してきた日、私は真横の席を陣取った彼に、うれしくもあくせくと訴えた。 『宮元ってさ。すごく真面目だし、いい子だよなと思って』  だからちょっとでも見ていたくて。真顔の瀬戸内くんは、私の目を見て、そう言ってのけたんだ。  てっ照れる~! もう、もう!  息抜きを兼ねて歩いてきたはずなのに、髪の根っこから汗が吹き出してきた。 (おや?)  水道を目の前にして、私は足をとめる。
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