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 僕たちは片側二車線の道路にかかる歩道橋に差し掛かった。 「ここを越えれば、あと十分(じゅっぷん)くらいだ。頑張れよ」 「おう……」  人ふたりがようやくすれ違えるほどの狭い階段。右側には申し訳程度に三十センチほどの幅の自転車用スロープが設けられている。僕は自転車を押す手に力を込めてスロープを登らせた。階段を上りきったあたりで、城田の不安そうな声が聞こえてきた。 「後ろから人が来てる」  振り返ると、スーツ姿の若い男が四人、これから階段を上がろうとしているのが見えた。僕たちは足早に通路を渡った。ところが、下り階段まで辿り着いた僕は愕然となった。階段の中腹(ちゅうふく)に、七、八人の男女がひしめきあっている。彼らのうちの何人かは老人で、それよりも少しだけ若い者が隣に付き添って手を貸していた。彼らは一歩一歩、ゆっくりと僕たちのいる場所へ向かって階段を上ってくる。僕はその場に立ち止まるしかなかった。先頭にいたおばあちゃんが、僕の姿を認めて「すみませんねえ」と優しそうな声で言った。  城田は階段を覗き込んで状況を理解したようだった。慌てた様子で首を振って前後の状況を見比べる。後ろからは男たちが迫ってきていた。ものの十秒もしないうちに、この狭い通路は大混雑になるだろう。城田の顔に焦りがありありと浮かび上がった。  城田は歩道橋の柵から顔を突き出して下を眺めた。まさか——。僕が止める間もなく、城田は両手で柵をつかむと、手すりに足をかけ、そのまま柵を乗り越えた。城田の姿が見えなくなる。ドンという衝撃音が後に続いた。 「おいっ!」  僕は慌てて下を覗き込んだ。歩道のアスファルトの上に城田の体が横たわっている。僕は自転車をその場に立てかけると、人の隙間を強引にすりぬけて一気に階段を降りた。城田は地面に倒れたまま身をよじらせ、足首のあたりを手で押さえながら「痛え……」と(うめ)いていた。駆け寄ろうとする僕に向かって、彼が「止まれ!」と叫ぶ。心配するあまり、危うく六十センチまで近づくところだったのだ。僕は足を止め、距離を保ちながら彼に尋ねた。 「大丈夫か? 骨を折ったのか?」 「わからん……足が痛え……」  彼は涙声で答える。近くにいた通行人や、歩道橋の上にいた人たちが続々と集まってきた。 「おーい、大丈夫かあ」 「あんたたち、どうしたの?」 「あの人、歩道橋から飛び降りたんだよ」 「えーっ、マジ?」  その中にいた初老の男が一人、手を差し出しながら城田に近づいた。 「お兄ちゃん、立てるか?」  城田はその手を避けるように体をひねり、立ち上がって逃げようとするが、バランスを崩してふたたび地面に倒れ込んでしまう。 「やめてくれ! 来るな!」  城田は半狂乱になって、その場を離れようと手の力だけでずりずりと地面を這った。その異様な光景を前に、人だかりはなおも増えていく。僕は城田に近寄ろうとする人々を遮るように両腕をばっと広げて叫んだ。 「近づかないで下さい! 彼は病気なんです! これ以上、近づかないで! 近づくと死にますよ! どいてどいて!」  群衆は驚いて静まり返った。前のほうにいた何人かがぽかんと口を開けて僕を見つめた。視界の隅で、城田が地面を這いながら細い路地のほうへ逃げ込むのが分かった。  城田は足を引きずりながら僕の後ろを歩く。幸いにも、彼の怪我は軽い打撲か何かだったようで、少し休息をとると彼はなんとか歩けるようになったのだった。 「本当に大丈夫か?」 「ああ……まだ痛むけど、だいぶマシになった」 「肩を貸せれば良かったんだけどな」 「ははは……ありがたいけど、今は無理だな」  とうとう、僕たちは家まで辿り着いた。僕は母親に説明したあと、兄のものだった部屋まで城田を案内した。兄がいる大学の寮は家具が備え付けられているらしく、ベッドや勉強机などがそのまま部屋に残されていた。城田はよろめきながらベッドまで行くと、腰をおろして深く息を吐いた。 「ああ、助かった……助かったんだ……」  彼はそのままベッドに倒れ込んだ。学校で目覚めて以来、初めて彼の顔に安堵が広がるのが分かった。  僕は夕飯を皿に盛り付けて、彼のいる部屋まで持っていった。ドアを空け、部屋の入り口あたりに皿を置きながら僕は言った。 「十二時になったら、また部屋に来るからな。その時はお祝いしよう」 「何から何まで、本当にありがとう。お前がいなかったらどうなってたことか……」  城田は神妙な顔つきになって言った。僕は照れ臭くなり、「いいって」と返すと、すぐに自分の部屋に引っ込んだ。
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