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多恵はボイトレの傍ら、カラオケでの自主練、ジムでの体力作り、振り付け練習を入念に行った。
時には史子を自宅に招き、一緒に練習。
最後まで十分に歌いきる体力をつけるため、朝夕は走り込み。
家のことなど後回しである。
幸い、勝司はテレワークが続いている。
竜司なんてこちらに用事があるときしか話しかけてこないし、その用事と言えば「腹減った」か「金くれ」である。最低限、ご飯さえ準備しておけば放っておいて問題ない。
いよいよ本番まで1週間となった頃。
事務所に呼ばれ、多恵と史子は本番用衣装の前で固まった。
セーラー服を模したレザージャケット。襟部分はチェック柄で、他は黒。
下は同じく、レザーの真っ赤なホットパンツ。
「……た、多恵ちゃん」
「い、いや、無理でしょう」
「えー、昔と同じだよぉ? 倉庫から引っ張り出してきたの」
青い顔をした二人に、草野が呑気な声をかけた。
多恵はめまいがした。
確かに、当時と同じなのである。25年前、この奇怪な服装で二人は歌っていた。
いやしかしまさか、今回同じ服装で出るとは思わないじゃないか。そもそも入らない気がする。
しかもいくら再結成とはいえ、たった1ヶ月トレーニングしただけの45のおばさんが真っ赤なパンツで生足ご披露など、放送事故である。
この年になって黒歴史を作れというのか。絶対に嫌だ。
「草野さん、なんとか他のものに……」
「でももう1週間しかないよぉ」
「別に既製品でいいわけでしょ? 年相応の服で」
「えー、でもせっかく再結成なのに。皆、懐かしがると思うけどなあ」
んなわけないだろ。
この格好を昔のファンが見たら、懐かしむどころか嫌悪感を覚えるはずだ。昔好きだったアイドルがイタい姿になって出てきたら、即チャンネルを変えられる。
怒り心頭の多恵は、机に拳を叩きつけた。
「絶っ対に嫌! 自前でもいいからなんとかさせて!」
「えー、でも衣装スタッフは忙しいし時間もないし……」
「自分たちでやるから! 史子、一緒に出来る?」
史子はうんうんと頷いた。
結局「自分たちでやって間に合うならいいけど」という消極的な了承を取り付け、二人は改めて衣装を机に広げた。
「とにかくまずはこのホットパンツよね」
「うん。あとこのセーラーのダサい襟もなんとかしたいよね」
衣装は変更したい一方で、昔を知るファンに思い出してほしい気持ちもある。そのため衣装の一部は残し、それを活かした形にしたい。
多恵はまず、ホットパンツを切ってしまい、立体的な巻きスカートにしようと考えた。下にタイツを履けば大丈夫だ。
それからセーラー服を模した襟は取ってしまった。下がタイトだから、上はゆったりしている方がいいだろう。ジャケットの前は開けておいて、中にシャツを着ればいい。
多恵は事務所の中を忙しなく動いている衣装スタッフから裁縫道具だけ借り、見た目だけなんとかなるよう繕っていった。
「多恵ちゃん、うまいねえ」
「ふふふ、引退してから洋裁やってたの。あとはジャケットの取っちゃった襟の代わりに何か巻きたいよね」
「同じチェック柄のスカーフでどう? あと私、お花やってるから飾り作ってくる」
どうもロック風の衣装になりそうだが、25年前と同じ格好よりはずいぶんとましだろう。一応、特徴も残した。
熱中して作業し、終えた頃にはもう真っ暗。事務所に残る人もわずかになっていた。
慌てて家に電話をしたが、勝司は飄々と「大丈夫だよ」と言った。
帰りが遅いので、竜司と適当に冷蔵庫の中のもので料理して食べたという。拍子抜けした。
帰宅すると、暗いリビングに自分の分の夕食が置いてあり、多恵はなんだかジーンとした。
家族にも協力してもらっているのだ。番組出演を成功させたいと思った。
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