返り咲き!

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 昔と変わらぬ少女趣味プロデューサーのおかげで若干肩の力が抜けた二人だが、舞台袖に入るとやはり場違い感からうろたえた。  出番を終えて戻って来る人間は一様に魂が抜けたような顔をしており、逆に出番を待つ人たちは戦地にでも赴くような形相だ。  多恵はタオルケットを手に、周りをきょろきょろと見回した。  寒いかと思って持ってきたのだが、意外と暖かくて不要だったのだ。どこかに置いておきたいが、舞台袖を行き交う人々は話しかけられる雰囲気ではない。  『ルミルカ』の前に出るのは、先ほどプロデューサーに激励されていた3人組アイドルだった。学生服を模した衣装だが、その色はピンクでノースリーブ。スカートはマイクロミニだ。緊張も相まってか、見るからに震えている。  息子の竜司と同じくらいか、もしかしたら年下かもしれない。  多恵はパイプ椅子に並んで座る3人の膝にタオルケットを広げてかけてやった。 「出番までもう少しあるんでしょう、かけときなさい」 「あ、ありがとうございます」  一番端の少女の腕をさすってやると、かなり冷たい。しかも細い。  こんな少女がスポットライトの下で無数の不躾な視線を浴び、評価されるなんて可哀想に思えてくる。いや、自分だって昔はそうだったのだけれど。 「あなたたちはデビューしたばかり?」  声をかけると、リーダーらしき真ん中の少女が顔を上げた。 「いえ、もう2年経ちます。でもなかなか売れなくて……。今日結果を出さないとおしまいだと言われています」 「まあ」  なんと。先ほどのあれは激励ではなく恐喝だったらしい。 「頑張ってきたのに、もうおしまいなんて。きっと今日もうまくいかない……」  腕をさすってやっていた少女が涙声でうつむく。つられて他の2人も顔を下げた。  あまりにも不憫に思えて、多恵も悲しくなった。  けれど芸能界で生き残れる人間などほんの一握りで、うまくいかなくたってそれが人生の終わりではない。  多恵だって売れたのは1枚だけで、その後は苦渋の4年だった。しんどかったけど引退後の人生の方が長いし、普通の生活だってとても楽しい。  ただ、これから歌って踊ろうというときに「引退しても楽しいわよ」というのは間違っているだろう。  仮にこれが最後の舞台だとしても、彼女たちは全力を尽くさなければならない。そうでなければ悔いが残るからだ。  多恵は3人の前に座り込み、全力で笑顔を作った。 「おばちゃんたちはあなたたちの後の出番なんだけど、頑張るわよお!」  少女たちが目を丸くして顔を上げた。 「こんなにたくさんの人に見てもらうことなんてもうないかもしれないもの! 見て。この衣装頑張ったの。歌も練習したし、筋トレもしたのよ! あなたたちもそうでしょう?」  そう言って立ち上がり、鍛えた腹をぱあん!と手で叩く。  「だから頑張って」と言うと、少女たちの頬はわずかに緩んだ。  ♢  出番を終えて戻ってきた少女たちの頬は紅潮していた。  一生懸命踊ったのだろう。息が上がっている。3人は満足気に舞台袖を出て行った。  多恵はその様子を見送り、ほっと息をついた。  ――さあ、自分たちの番だ。
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