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幼馴染みとは実に十二年の付き合いがある。その中の約六年は、幼いながらも恋人として過ごした。
小学生の時にとある事件に巻き込まれて幼馴染みは死んでしまったが、中学生となった俺が死にかけた際に、彼女は幽霊としてずっと生きていた事が発覚したのだ。
当然驚いた。だが、否定は全くしなかった。早くに死んでしまった幼馴染みを忘れた日は一日とて無く、とても寂しい気分で毎日を過ごしていたのだから。
幼馴染みが死んでから二年後ぐらいに別の恋人を作ってはいたが、それでも俺は幼馴染みを愛した。友人とも、恋人とも違う。とても特別な立ち位置に彼女は立っていた。
新たな恋人に幽霊となった幼馴染みの事と、彼女に抱いている特別な感情を吐露を吐露したのは、再開から一年ぐらいが経過してからだ。恋人も当然驚きはしたが、悩みに悩んだ末に受け入れてくれた。
「どんな貴方でも私は好きだよ」
寛容な恋人の助力もあり、今日まで異質ながらも充実した日々を送れたのである。
だが、それも今日で終わる。
「座ろうか」
徒歩数分で到着する小さな公園に入り、ベンチに腰を下ろす。遅い時刻である事もあり、誰一人として見当たらないのは好都合かもしれない。彼女との最後のデートを、誰にも邪魔されずに堪能出来る。
寒くはないか、と問う。思わず身震いするぐらいに寒い今夜。霊であっても心配だ。彼女は大丈夫なのだろうか。そう思って尋ねた。
「相変わらず気が効くし優しいね」
当然の気遣いだ。人として当たり前である。
「ふふ、そんな所も好きだよ」
愛情のストレートパンチに俺は弱い上に、彼女の前では体裁を取り繕う事も出来ない。ただ俺は照れるばかりだ。
情けない。そう思って落ち込みそうになるが、幼馴染みはそんな俺の頬を優しくたおやかな指で撫でる。
「その優しさ。恋人さんにもしっかりと向けてあげてね?」
……ああ。勿論さ。君と同じぐらい。いや、それ以上に優しさを注ぐと約束しようではないか。
そうだ。これだけはどうしても聞いておきたい。愚問かもしれないが、それでも聞かせてくれ。
君は、俺と一緒に過ごして幸せだったか? 俺はとても幸せだったが、君はどうなんだ?
「あ、それを聞いちゃう? これまで結構伝えて来た気がするんだけどなぁ」
それは悪かった。だが、こうして話すのはこれで最後なんだ。最後ぐらい、君の口から答えを聞きたい。
「そっか。全く、君は時々意地っ張りになるね? 普段はカッコいい分、良い具合にギャップになっているから私としては良いんだけど」
さり気ないお褒めの言葉。君から見た俺が輝いていたのなら、とても嬉しく思うよ。
「……とても。とっても幸せな日々だった。君と過ごした全ての時間。何処を見ても幸せで溢れてる。辛い事、悲しい事は勿論あったけど、それ以上に楽しい事や幸せな出来事でいっぱいだよ」
そうか。そう、か……。
涙が溢れて来た。拭っても、拭っても。全く止まる気配は無い。
君が感じていた事。俺に言葉として伝えてくれた事。全て、俺も同じ事を思っている。
楽しかった。君と過ごした時間は全て。
幸せだった。隣に居る君の笑顔を見るだけで。
辛い出来事や、耐えられそうにない悲しい出来事もあった。だが、それらを帳消しに出来そうなぐらい、幸せで楽しい出来事で溢れ返っている。
「ねえ。もう時間が来ちゃうから、最後のお願いをしても良い?」
ああ。何でも言ってくれ。俺に出来る事なら、何でも叶えよう。
「抱き締めて欲しいな。私が消えるまで、ずっと」
お安い御用だ。
ギュッと強く抱き締める。既に死んでいるからか、人としての温かみは一切感じられない。ゾッとするぐらいにヒンヤリ冷たい。
だが、構わない。他者からは無を抱いているように見えているだろうが、それでも一切構わん。
彼女はここに居る。他人には見えないかもしれないが、それでも確かにここに。俺の腕の中に居る。
「あったかいなぁ、君の体温。それに良い匂いがする」
幼馴染みの体が薄くなってきた。徐々にこの世から存在が消えていってるのが分かる。
更に強く抱き締めた。月明かりに照らされて幻想的な姿の幼馴染みを、強く、強く。
「君の幸せ。ずっと、ずっと祈ってるよ。恋人さんと、絶対に幸せになってね?」
ああ。約束しよう。君がこれまでの人生が幸せであったように。恋人も幸せにしてみせようではないか。
どうか安心してくれ。俺はもう、大丈夫だから。
「愛してるよ。あの世に行っても。輪廻転生して、違う人生を歩むとしても。ずっと君の事を愛してる」
空気に溶けていく幼馴染みの体。涙を流しながらも軽く口付けをすると、世界一美しい“笑顔”と言う名の大輪の花を咲かせた。
もう二度と伝えられないこの言葉。君が消えるまでの数十秒間、ずっと口にし続けよう。
「ありがとう」
そして、
「愛してる」
と。
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