九.

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九.

それは初めての経験で、すごく緊張したし、彼女の熱っぽい視線も気になって、上手くできたのかもわからないし、細かいことはよく覚えていない。 しかしとにかく僕は、彼女に連れられるがままに出場した「(キラ)ムキ!ボディ・コンテスト」なる大会の男子高校生の部で、優勝していた。 「おめでとう!最近の山崎君、なんかすごいなって思っててさ!勝手に応募しちゃってたんだけど、やっぱり思った通りだった!山崎君って、実は筋肉の天才だったんだ!」 女子の部で優勝した塚原が僕を抱き締める。 完璧な筋肉同士の(むつ)み合いに、周囲から羨望(せんぼう)と称賛の喝采(かっさい)()いた。 「いや、あの、ありがとう。僕も自分で驚いてるよ。だけど……」 と僕はスマホを取り出す。 「なぁに?」 「うん。それでも僕は、小説を捨てたわけじゃないし、塚原に読んで欲しいという思いも無くなってはいないんだ。優勝したお祝いだと思って、ちょっとでもいいから、試しに読んでみてくれないかな」 『マキシマム・プロテインズ』という表紙が表示されたスマホを受け取った彼女は、一瞬、困り顔を浮かべた。 が、 「仕方無いな」 と微笑むと、ページを開いた。 これは全身の各筋肉を、それぞれの特性や形状を活かして擬人化した、筋肉擬人化育成系ラブコメ青春小説で、この二ヶ月間に得た筋肉の全てが詰まった、超大作だ。 読書の苦手な彼女は、それでもゆっくりとページをめくり続け、時には笑い、時には怒り、時には涙ぐみながら、やがて大きな吐息と共に僕にスマホを手渡した。 「どうかな」 「うん……すごいね……。筋肉の気持ち、こんなにリアルに壮大に繊細に描いた話、初めて見たよ。感動しちゃった。山崎君ってなんていうか、文武両道なんだね、ますます尊敬する。今までごめんね、見直したよ」 塚原は、(ほほ)を染めてうつむいた。 この時の喜びは筆舌(ひつぜつ)()くし(がた)い。 反して大多数のフォロワーは困惑し連載の評判はすこぶる悪かったものの、そんなことはどうでもいい。 やっと塚原に僕の小説を読んでもらえて、感動までしてもらえたのだ。 あぁ、おめでとう、自分。 ありがとう、筋肉。 感涙(かんるい)と共に思わず握り締めたスマホが、鍛え上げられた深指屈筋(しんしくっきん)浅指屈筋(せんしくっきん)によって、画面にヒビを走らせた。 終
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